ファン・デル・ワールスの状態方程式

高校物理でメインに扱う理想気体の状態方程式 (1)PV=nRT は高温・低圧な場合には精度よく、常温・常圧程度でも十分に気体の性質を説明することができるものであった.

我々が理想気体に対して仮定したことは

  1. 分子間に働く力が無視できる.

  2. 分子の大きさが無視できる.

  3. 分子どうしは衝突せず, 壁との衝突では完全弾性衝突を行なう.

というものであった.

しかし, 実際の気体というのは大きさ(体積)も有限の値を持ち, 分子間力という引力が互いに働いていることが知られている.

このような条件を取り込みつつ, 現実の気体の定性的な性質を取り出すことができる方程式, ファン・デル・ワールスの状態方程式 (2)(P+an2V2)(Vbn)=nRT が知られている. ここで, a , b は新しく導入したパラメタであり, 気体ごとに異なる値を持つことになる[1]したがって, 実験で求めることになる..

ファン・デル・ワールスの状態方程式の物理的な説明の前に, ファン・デル・ワールスの状態方程式に従うような気体 — ファン・デル・ワールス気体 — のある温度 T における圧力 (3)P=nRTVbnan2V2PV グラフ上に描いた, ファン・デル・ワールス方程式の等温曲線を下図に示しておこう.

ファン・デル・ワールスの状態方程式による等温曲線:
図において, 同色の曲線は温度 T が一定の等温曲線を示している.
ファンデルワールスの状態方程式のPV図

理想気体の等温曲線 (4)P=nRTV と比べると, ファン・デル・ワールス気体では温度 T が低い時の振る舞いが理想気体のそれと比べると著しく異なることは一目瞭然である. このような, ある温度[2]臨界温度という.よりも低いファン・デル・ワールス気体の振る舞いは上に示した図をそのまま鵜呑みにすることは出来ないので注意が必要である.

ファン・デル・ワールス気体の面白い物理はこの辺りに潜んでいるのだが, まずは状態方程式がどのような信念のもとで考えだされたのかに説明を集中し, ファン・デル・ワールス気体にあらわれる特徴などの議論は別ページで行うことにする.

ファン・デル・ワールスの状態方程式

ファン・デル・ワールスの状態方程式 (5)(P+an2V2)(Vbn)=nRT について, この形の妥当性をどう考えるべきか議論する.

熱力学的な立場からファン・デル・ワールスの状態方程式を導出するときには気体の定性的な振る舞いを頼りにすることになる.

先に注意喚起しておくと, ファン・デル・ワールスの状態方程式も理想気体の状態方程式と同じく, 現実の気体の近似的な表現である. 実際, 現実の気体に対して行われた各種の測定結果をピタリとあてるものではない. しかし, そこから得られる情報は現実に何が起きているか定性的に理解するためには大いに役立つもとなっている.

気体分子の大きさの補正項

容積 V の空間につめられた理想気体の場合, 理想気体を構成する粒子が自由に動くことができる空間の体積というのは V そのものであった.

粒子の体積を無視しないファン・デル・ワールス気体ではどうであろうか.

ファン・デル・ワールス気体中のある1つの粒子が自由に動くことができる空間の体積というのは, 注目粒子以外が占める体積を除いたものである. したがって, 容器の体積 V よりも減少した空間を動きまわることになるので, このような体積を実効体積という.

n=1 mol のファン・デル・ワールス気体によって占められている体積を b という定数であらわすと, 体積 V の空間に nmol の気体がつめられているときの実効体積は (Vbn) となる.

圧力の補正項

現実の気体を構成する粒子間には分子間力という引力が働くことが知られている. 分子間力を引き起こす原因はまた別の機会に議論するとして, ここでは分子間力が圧力に与える影響を考えてみよう.

理想気体の圧力を気体分子運動論の立場で導出したときのことを思い出すと, 粒子が壁面に与える力積粒子の衝突頻度によって圧力を決めることができた.

さて, 分子間力が存在する立場では分子どうしが互いに引き合う引力によって壁面に衝突する勢いと頻度が低下することが予想される.

このことを表現するために, 理想気体の状態方程式に対して PP+ 補正項という置き換えを行う. この置き換えにより, 補正項の分だけ気体が壁面に与える圧力が減少していることが表現できる[3]例えば, y=x2 という関数において, x のマイナス方向に a だけずらす操作は xx+a という置き換え操作に該当するのであった. … Continue reading.

問題は, 補正項をどのような関数とするのが妥当なのかである. ただの定数とするべきなのか, 状態方程式に含まれているような物理量( P , V , T , n など)に依存した量なのかの見極めを以下で行う.

まずは粒子が壁面に与える力積が分子間力によってどのような影響を受けるかを考えるため, まさに壁面に衝突しようとしているある1つの粒子に着目しよう.

注目粒子には他の粒子からの分子間力が作用しており, 注目粒子は壁面よりも気体側に力を感じて減速することになり, 注目粒子が壁面に与える力積は減少することになる.

このときの減少の具合は, 注目粒子の周りの空間にどれだけ他の粒子が存在していたかによるはずである. つまり, 分子の密度(単位体積あたりの分子数)に比例した減少を受けることになるであろう. 容積 V の空間に nmol の粒子が一様に存在しているときの密度は nV であるので, nV に比例した弱まりをみせるであろう.

次に, 先ほど考察対象となった注目粒子どれだけ存在しているのかがポイントになる. より正確に, 圧力に寄与する量とは単位面積・単位時間あたりに粒子群が壁面と衝突する回数であった.

壁面のある単位面積に注目したとき, その領域にまさしくぶつからんとする粒子数は壁面近くの分子数密度 nV に比例することになる.

以上の考察を組み合わせると, 圧力の減少具合は衝突の勢いの減少量 nV 衝突頻度 nV を組み合わせた n2V2 に比例するという定性的な考察結果を得る.

そこで, 比例係数を a として PP+an2V2 に置き換えることで分子間力が圧力に与える効果を取り込むことにする.


以上, 粒子が大きさをもって分子間力を互いに及ぼし合う効果を定性的に考慮した結果, (6)PP+an2V2VVbn という置き換えを理想気体の状態方程式に対して行ったのがファン・デル・ワールスの状態方程式 (7)(P+an2V2)(Vbn)=nRT ということである[4]PP+an2V2 が圧力の減少を意味するならば, VVbn は体積の増大を意味しているのか」と言われてしまいそうだが, … Continue reading.

このファン・デル・ワールスの状態方程式も適用範囲はそこまで広くなく実際の測定結果にズレが生じてはいるものの, 気体に加える圧力の増加や体積の減少による凝縮の効果などを大枠で説明することができる.

脚注

脚注
1 したがって, 実験で求めることになる.
2 臨界温度という.
3 例えば, y=x2 という関数において, x のマイナス方向に a だけずらす操作は xx+a という置き換え操作に該当するのであった. または, 実効体積の減少を考慮した状態方程式を P について解いた式 P=nRTVbn の右辺にマイナスの補正項を付け加えたとも表現できる.
4 PP+an2V2 が圧力の減少を意味するならば, VVbn は体積の増大を意味しているのか」と言われてしまいそうだが, 体積についての置き換え操作 VVbn の左辺は理想気体が詰められた容積であると同時に理想気体が動くことが出来る体積であるが, 右辺の Vファン・デル・ワールス気体が詰められた容積で, 右辺全体がファン・デル・ワールス気体が動くことが出来る体積という違いがあることは注意してほしい.