物理学を勉強する意義・モチベーションについて,いろいろな人が様々な価値観をお持ちであろうが,ここでは当サイト管理人の価値観を伝えたい.
ただし,あくまで高校物理のように体系的にまとめられた内容を勉強する上での考え方であり,研究においては,また別の価値観が必要になると考えている.
物理の語り方
物理学は自然現象を説明する言語である. ただし,人間同士がコミュニケーションをとるための言語と異なり,正確(精確)さを要求される.
ここでいう正確(精確)さとは,誰もが論理的に考えることで共通の理解に達するという客観性を意味している.
自然現象を客観的に説明する学問・言語として,「長い」「短い」など,人それぞれの感覚(主観)に頼った表現はふさわしいとは言えない.
そこで,「長さ」という共通の尺度(数値)を用いて表現することが必要となる.これにより,誰しもが共通の理解をすることが可能となる.
今日までに人間が築いてきた文明の中で,およそ物事を正確に記述できる言語は間違いなく数学である. したがって,人間が自然現象を説明しようと思うと数学を使って語る他なく,物理学では数式は避けて通れない.
自然現象を眺める
数学と物理学の異なる点は,自然を眺めた(実験した)結果によって否定された物理理論は棄却されるべきという点である.
物理学はあくまで自然現象を語る学問なので,数学的に表現可能であるからと言って実際に実験せずに人を納得させることは難しい [1]. 諸君も自分の目で実際に見ないと納得しかねることがあると思う. これは実験によってのみ確かめられることだが,設備の問題などで気軽に実験できない現象も多い. そこで,特に大事な実験などはその動画を見るなどして学ぶ努力が求められる.
このように,数式と自然現象の観測とを何度も行き来して訓練しているうちに,数式だけを見ることでどんなことが現実に起きるのか理解できるようになる. これこそが物理学の醍醐味でもある.
現実の問題と理想化
物理学では理想的な状況を考える(モデル化する)ことがよくあるし重要である.
まずは理想的な状態ではどんな物理法則が支配的な役割をになっているのかを確かめ,次にその理想的な状態で成立する法則に対して現実世界の事象を引き起こす効果を徐々に追加していくのである [2].
ただし,何が理想的な状況かの判断は難しいものである. 前提知識が無い状態で物事の本質をつかむのは相当のセンスが必要だから当然である.
しかし,安心してほしい. 我々が教科書なりで学ぶ内容は,先人達が知恵を絞り尽くした積み重ねの結果であり,我々はそれらをありがたく頂戴するのである. ここからセンスを学んで(盗んで)いけばよい.
演習では「どこがわからないかわからない」を安易に認めない
物理の問題が解けるかどうかは,客観的な言語を論理的に積み上げられるかどうかにかかっている. 少なくとも,受験問題や問題集は高校生には解けることを前提につくられている.
したがって,「どこがわからないのかわからない」は論理を積み上げることを放棄しているに等しく,安易に認めるべきではない.
問題演習で立ち止まったときは,「どこまではわかる」のかを強く意識し,次のステップへ進むために必要な法則を取捨選択する努力が必要となる.
数式の変形がわからないならばより高いレベルの数学を学ぶ必要があるかもしれないし,学習済みの内容の定着作業ができていないだけかもしれない.
また,学び始めの分野ならばもう少し勉強が必要なのかもしれない [3].
いずれにせよ,考える努力を怠っているうちは物理力の向上は見込めない. 是非とも理性の限界にチャレンジしてほしい. そして,そのためのしっかりした基礎の定着に取り組んでいただきたい.
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最先端の物理学においても
数多 の理論的考察が実験というふるいに日々かけられている.新しい実験結果がでればその実験結果を説明するための理論が考えられたり,実験の正当性を確かめたりなど,理論と実験が互いに厳しく検証しあいながら物理学を発展させているのだ.
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高校や大学生位の勉強では,モデルに対して現実的な要因をどんどん取り入れてどんな現象が考えられるかを学んでいく. しかし,大学以上のいわゆる研究はこれと逆の側面を持っており,現実に起きている何かよく分からないことを解きほぐしてモデルを探求することが多く,まさしく冒険をしているみたいなものである.
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もしかしたら物理学の最先端に通じる疑問につきあたるかもしれないが,それはまた別の話である.
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