気体分子運動論

気体分子運動論は, ミクロ(微視的な)な原子の集団運動が我々のようなマクロ(巨視的)な存在にとってどのように観測されるのか, その一端を教えてくれる分野である. この単元は, 最初から最後まで自分の言葉で語れるように訓練しておく必要がある. なお, 断りがない限り気体は単原子分子であるとする.


気体分子運動論

気体分子運動論

質量 \( m \) の理想気体を \( N \) 個含んだ一辺が \( L \) の立方体について考える.

ある一つの粒子が壁面に衝突する瞬間に運動量 \[ \vb*{p} = m \vb*{v} = \qty( mv_x , mv_y, mv_z ) \] であり, 壁面Sと完全弾性衝突を行ったとする[1] 理想気体の仮定として粒子が完全弾性衝突体であり, 他の物体とは完全弾性衝突を行うとしていた. (状態方程式). 衝突後の粒子の運動量 \( \vb*{p}^{\prime} \) が \[ \vb*{p}^{\prime} = m \vb*{v}^{\prime} = \qty( -mv_x, mv_y, mv_z ) \] であったとすると, 壁面Sが粒子から受けた力積の \( x \) 成分の大きさ \( I_x \) は \[ I_x = \abs{\qty( – mv_x ) – mv_x } = 2mv_x \] となる. この粒子が微小な時間 \( \Delta t \) の間に同じ壁面Sに衝突する回数は \[ \underbrace{\frac{\substack{粒子のx方向への速さ} }{\substack{壁面Sに戻ってくるまでのx方向の道のり} }}_{\substack{単位時間に衝突する回数} } \cdot\Delta t = \frac{v_x}{2L} \cdot \Delta t \] である. したがって, 壁面Sが \( \Delta t \) の間に1個の粒子から受ける力積の大きさは \[ I_x \cdot \frac{v_x}{2L} \Delta t = \frac{m v_x^2}{L} \Delta t \quad . \]

このような衝突反応が気体分子の数 \( N \) だけ存在するので, \( v_x^2 \) を \( N \) 個の気体分子の \( x \) 方向の速度の二乗平均 \( \overline{v_x^2} \) に置き換え[2]\( \overline{v_x}^2 \) ではないことに注意すること. 容器内の気体分子の運動方向はランダムであり, \( x \) 方向への速度の平均 \( \overline{v_x} \) は \( 0 \) … Continue reading, 容器内の全気体分子が壁面Sに及ぼす平均の力積と, 容器内の全気体分子が時間 \( \Delta t \) の間に壁面Sに加える平均の力の大きさ \( \overline{F_x} \) について次式のような関係が成立する. \[ \underbrace{\underbrace{N}_{粒子数} \cdot \underbrace{\frac{m \overline{v_x^2} }{L} \Delta t }_{\substack{1個の粒子による \\ 力積の平均}} }_{\substack{全粒子が \Delta t の間に \\ 壁に加える力積の大きさ}} = \underbrace{N \frac{m \overline{v_x^2} }{L} }_{\substack{全粒子が \Delta t の間に \\ 壁に加える平均の力 \overline{F_x}} } \cdot \underbrace{\Delta t}_{\substack{力 \overline{F_x} を加えた時間}} = \overline{F_x} \cdot \Delta t \] したがって, 壁面S全体に \( \overline{F_x} \) の力が加わえられていたことになる. この力は壁の面積 \( S = L^2 \) に均等に加えられているはずなので, 壁面Sに働く圧力 \( P \) は立方体の体積 \( V=L^3 \) を用いて, \[ \begin{aligned}P & = \frac{\overline{F_x}}{S} = \frac{\frac{Nm\overline{v_x^2}}{L}}{L^2} \\ & = \frac{Nm\overline{v_x^2} }{L^3} = \frac{Nm\overline{v_x^2} }{V} \end{aligned} \] となる.

ここまでは \( x \) 方向についてのみ考えたが, これらの反応は \( y, z \) 方向についてもそれぞれ成立しているはずである. 気体分子の速度 \( \vb*{v} \) の二乗平均 \[ \overline{v^2 } = \overline{v_x^2} + \overline{v_y^2} + \overline{v_z^2} \] は, その等方性により \[ \begin{gathered} \overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2} \\ \therefore \ \overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2} = \frac{1}{3} \overline{v^2 } \end{gathered} \] であり, 圧力は \[ P = \frac{1}{3} \frac{Nm\overline{v^2} }{V} \] と書くことができる. また \[ P = \frac{1}{3} \frac{Nm\overline{v^2} }{V} = \frac{2}{3} \frac{N}{V} \frac{m\overline{v^2} }{2} \] であり, 状態方程式 \( \displaystyle{P = \frac{nRT}{V} } \) と見比べると, \[ \begin{aligned} \frac{2}{3} \frac{N}{V} \frac{m\overline{v^2} }{2} &= \frac{nRT}{V} \\ \to \ \frac{1}{2} m\overline{v^2} &= \frac{3}{2} \frac{nRT}{N} \underbrace{=}_{N = n \cdot N_A } \frac{3}{2} \frac{R}{N_A} T \notag \\ \therefore \ \frac{1}{2} m\overline{v^2} &= \frac{3}{2} \frac{R}{N_A} T \end{aligned} \] が得られる. ここで ボルツマン定数 \( \displaystyle{k = \frac{R}{N_A} } = 1.38 \times 10^{-23} \ \mathrm{J/K} \) を用いると, \[ \frac{1}{2} m\overline{v^2} = \frac{3}{2} k T \label{KineEvar} \] 式\eqref{KineEvar}の左辺はミクロな気体分子の運動エネルギーを表し, 右辺はマクロな観測量である温度 \( T \) を表している. したがって, 我々が温度と呼んでいたものの正体は, 微小な粒子の運動エネルギーの平均値であったことがわかる.

内部エネルギー

内部エネルギーとは系の中に存在する粒子の回転や振動などを含めた不規則な運動のエネルギーの総和 であり, 記号 \( U \) であらわされる.

回転や振動をどのように取り扱うのかという面白い話題を含んでいるが, 詳しい内容は内部エネルギーで取り扱うことにする.

まずは, 内部エネルギーは一般的に定積モル比熱 \( C_v \) を用いて, \[ U = n C_v T \] と表されることを知っておいてもらえばよい.

なお, \( C_v \) の値は, 単原子分子理想気体については \[ C_v = \frac{3}{2}R \] であり, 常温程度の2原子分子理想気体については \[ C_v = \frac{5}{2}R \] となる.

脚注

脚注
1 理想気体の仮定として粒子が完全弾性衝突体であり, 他の物体とは完全弾性衝突を行うとしていた. (状態方程式)
2 \( \overline{v_x}^2 \) ではないことに注意すること. 容器内の気体分子の運動方向はランダムであり, \( x \) 方向への速度の平均 \( \overline{v_x} \) は \( 0 \) となってしまう.