高校物理における熱力学では, 主に次のような事柄について学ぶことになる.
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身の回りの物体を特徴づける物理量としての温度の定義や, その変化を引き起こす要因.
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ミクロな粒子の集合体である流体(主に気体)の温度, 圧力, 体積とそれらの間に成立する状態方程式.
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気体から仕事を取り出す機構.
ここでは, これら事柄を学び始める第一歩として, 熱と温度の違いについて議論する.
経験的温度
熱力学第0法則により, ある一つの熱平衡状態の系に対して温度と呼ぶ量を定義することとしたので, その温度をどのように測定し, 数値として表すのかを議論の対象とする.
古典的な温度計の一つとして, 気体を温めるとその体積が比例して膨張する性質を利用した気体温度計が存在する[1]今回議論するタイプの温度計の他にも, 体積が一定の状況下における気体の圧力, 高温に熱した物体の色, 個体の長さ, … Continue reading. 気体温度計を用いた温度測定は次のような段階を経て行う.
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気体温度計には希薄な気体を封入し, 適当な基準点と目盛りを刻んでおく.
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気体温度計と測定対象とを熱平衡状態とする.
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気体温度計の目盛りを読むことで, 測定対象の温度を定める.
この気体温度計に対して, 目盛りの基準とその数値をどのように選ぶのかや, どのような目盛りを刻むのかに応じて幾つかの 温度表現が存在する[2]どんな気体を封入するのかを疑問に思った諸君は非常にするどい..
以下では, 代表的な温度の表現として, セルシウス温度(セ氏温度), 絶対温度, ファーレンハイト温度(カ氏温度) を紹介する.
セルシウス温度(セ氏温度)
我々にとって身近な物質である水の性質を用いて, 温度計の基準点と目盛りを設けるセルシウス温度について紹介する. まず, \( 1 \) 気圧の下での水の凝固点温度を \( 0 \) , 水の沸点温度を \( 100 \) とし, 気体温度計の体積をそれぞれ \( V(0), V(100) \) とする. 次に, その中間の温度を \( 100 \) 等分したの目盛り間隔を \( 1 \) セルシウス度( \( 1\,{}^{\circ}\mathrm{C} \) )と定義しておく. このとき, 対象の温度 \( t \) は, 気体温度計の体積 \( V(t) \) を用いて次式で与えられる. \[t = 100 \cdot \frac{V(t) – V(0)}{V(100) – V(0)} \quad .\] このようにして測定される温度 \( t \) をセルシウス温度と呼び, その単位にセルシウス度( 記号 \( {}^{\circ}\mathrm{C} \) )を用いる.
絶対温度
セルシウス温度で採用した温度の基準点 \( 0\,{}^{\circ}\mathrm{C} \) からさらに低温の領域に線分を外挿すると, 気体温度計の体積が形式的には \( 0 \) となる温度が得られる[3]ただし, これはあくまで日常的なスケールの測定結果をそのままに極低温領域に適用したが, 現実はこのように単純ではない.. セルシウス温度で表すと \( -273.15\,{}^{\circ}\mathrm{C} \) であるこの点をあらためて基準点 \( 0 \) に選び直し, 温度の目盛り間隔はセルシウス度と同じ間隔であるケルビン(記号 \( \mathrm{K} \) )を用いる温度を絶対温度と呼び, その単位にもケルビンを用いる.
あらためて整理すると, セルシウス温度 \( t \) と絶対温度 \( T \) は, \( 0 \) という数値で表される温度は異なるが, \( 1\,{}^{\circ}\mathrm{C} \) の温度差と, \( 1\,\mathrm{K} \) の温度差は同じであり次式のような関係にある. \[T =t+273.15\] 特に, \( 0\,\mathrm{K} \) ( \( -273.15\,{}^{\circ}\mathrm{C} \) ) の温度を絶対零度と呼ぶ.
ファーレンハイト温度(カ氏温度)
セルシウス温度と同じく, 水の凝固点と沸点を利用した温度の定義としてファーレンハイト温度(カ氏温度)が存在する. ファーレンハイト温度では, 水の凝固点を \( 32 \) , 水の沸点を \( 212 \) とし, その中間の温度を \( 180 \) 等分した目盛り間隔を \( 1 \) カ氏度 ( \( 1\,{}^{\circ}\mathrm{F} \) ) と定義しておく.
この定義からすぐにわかるように, セルシウス温度とファーレンハイト温度では基準点の数値と温度の目盛り間隔の双方が異なる. 基準点について, 水の凝固点温度はセルシウス温度で \( 0\,{}^{\circ}\mathrm{C} \) であり, ファーレンハイト温度で \( 32\,{}^{\circ}\mathrm{F} \) である. 温度目盛り間隔について, 水の凝固点と沸点との間をセルシウス温度では \( 100 \) 等分し, ファーレンハイト温度では \( 180 \) 等分している. したがって, セルシウス温度 \( t \) からファーレンハイト温度 \( t^{\prime} \) への換算式は次式で与えられる. \[t^{\prime} = \frac{180}{100} t + 32 = \frac{9}{5}t + 32 \quad .\] ここで, 係数 \( \frac{180}{100} \) はセルシウス度とカ氏度という目盛り間隔の違いを表し, 定数項はセルシウス温度とファーレンハイト温度が基準点に割り当てた数値のズレを表している.
また, ファーレンハイト温度からセルシウス温度への換算式は次式で与えられる. \[t = \frac{100}{180} \left( t^{\prime} – 32 \right) = \frac{5}{9}t^{\prime} – \frac{160}{9} \quad .\]
熱
熱力学を勉強するにあたり物理用語としての熱と温度の区別は重要であるため, ここであらためて考え直しておこう. 結論から述べると, 熱は物体に蓄えられたエネルギーの一形態であり, 温度は熱がどのくらい蓄えられている状態かをあらわす尺度ということができる.
これまでに, 我々は経験則にしたがって熱力学第0法則を原理として採用し, 熱平衡状態と気体等の性質を用いて温度を定義した. そして, 高温物体と低温物体を接触させると, 高温物体の温度が徐々に低下し, 低温物体の温度は徐々に上昇し, やがて同一温度となるわけだが, ここで授受されるものこそが熱である. 熱についての理解が整っていなかった時には, 何か流体のようなものが授受されていたように解釈されていたこともあるが, 今日の物理学では物体を構成している粒子たちが持つ並進運動や振動のエネルギーが授受されていると解釈される.
熱力学では, 熱と温度の関係や, 熱を含めたエネルギー保存則等の熱の性質を様々な側面から掘り下げていくことになる.
温度に関する補足
熱力学的絶対温度
経験的温度の項目では, 水や適当な気体を用いて温度の基準や温度の目盛り間隔などを定義してきた. ただし, 現代ではより厳密な温度の定義として, 熱力学的絶対温度が知られている. これは気体や液体の種類やその膨張する性質などに依存しないものであり, 理論的にその存在を導き出すことができる.
ケルビンの定義
今回紹介した気体温度計を用いた絶対温度では, 水の融点と沸点を基準に温度目盛りの幅( \( 1\,\mathrm{K} \) )を定めた. また, 数年前までは \( 1\,\mathrm{K} \) の定義には, 水の三重点と呼ばれる特別な意味を持つ温度の値を \( 273.16 \) と定めて定義していた. しかし, 今日ではボツルマン定数という定義量を設置し, そこから直接求めることができる量となっている.