運動方程式は, 誰にとっての運動方程式かまで考える必要がある.
これまで, 運動方程式といえば暗に静止した人からみた運動方程式を用いてきた. すなわち, 運動の第1法則が成立するような座標系である慣性系での運動方程式を議論してきた.
ここでは, 観測者の立場によって運動方程式にどんな影響があるのかについて考える.
慣性力
慣性系と非慣性系
運動する物体を眺めるとき, 運動の第1法則が成立するような座標系である慣性系を \( S \) と名付ける.
また, 慣性系 \( S \) に対して運動している座標系を \( S^{\prime} \) と名付ける. また, ある物体の位置を系 \( S \) の原点 \( O \) から観測した位置(ベクトル)を \( \vb*{r} \) , 系 \( S^{\prime} \) の原点 \( O^{\prime} \) から観測した物体の位置を \( \vb*{r}^{\prime} \) とそれぞれ表すことにする.
さらに, \( O \) から \( O^{\prime} \) への位置ベクトルを \( \vb*{R} \) で表すと, \( \vb*{r} \) , \( \vb*{r}^{\prime} \) , \( \vb*{R} \) について次の式が成立する. \[ \vb*{r} = \vb*{R} + \vb*{r}^{\prime} \]
系 \( S^{\prime} \) の系 \( S \) に対する加速度 \( \displaystyle{\dv[2]{\vb*{R} }{t}} \) を \( \vb*{\alpha} \) とすれば, \( \vb*{r} \) と \( \vb*{r}^{\prime} \) 及びそれらを微分した式には次のような関係が成り立つ. \[ \begin{aligned} \dv{ \vb*{r} }{t} &= \dv{ \vb*{R} }{t} + \dv{\vb*{r}^{\prime} }{t} \\ \dv[2]{\vb*{r} }{t} &= \dv[2]{\vb*{R} }{t} + \dv[2]{\vb*{r}^{\prime} }{t} = \vb*{\alpha} + \dv[2]{\vb*{r}^{\prime} }{t} \quad . \end{aligned} \] このように, 慣性系に対してある加速度をもって運動しているような座標系のことを非慣性系という.
非慣性系における運動方程式
ふたたび, 慣性系 \( S \) と系 \( S \) に対して加速度 \( \vb*{\alpha} \) で運動している非慣性系 \( S^{\prime} \) について考える.
質量 \( m \) の物体に働く合力が \( \vb*{F} \) であるとすると, 慣性系 \( S \) で観測したときの運動方程式は, \[ m \dv[2]{\vb*{r} }{t} = \vb*{F} \] であるので, \[ \begin{aligned} m \dv[2]{\vb*{r} }{t} &= m \vb*{\alpha}+ m \dv[2]{\vb*{r}^{\prime}}{t} \\ &= \vb*{F} \quad . \end{aligned} \] したがって, 非慣性系で観測した運動方程式として次式を得る. \[ \therefore \ m \dv[2]{\vb*{r}^{\prime}}{t} = \vb*{F} – m \vb*{\alpha} \quad . \label{座標系S^{\prime}における運動方程式} \] 最終的に得られた式は, 慣性系 \( S \) に対して加速度 \( \displaystyle{\vb*{\alpha} } \) で移動するような非慣性系 \( S^{\prime} \) における質量 \( m \) の物体に対する運動方程式を立式した場合, 物体に働く実体を持つ(合)力 \( \vb*{F} \) に加えて, \( \vb*{\alpha} \) とは逆向きに \( m \vb*{\alpha} \) が加わることを意味している. このような力 \( – m \vb*{\alpha } \) を慣性力という.
逆に慣性力を考慮する必要のないような静止(または等速度運動している座標系)が慣性系ということである.
非慣性系と慣性力
慣性系 \( S \) に対してある加速度をもって運動している座標系 \( S^{\prime} \) を非慣性系という. 慣性系 \( S \) に対して加速度 \( \vb*{\alpha } \) で運動している非慣性系 \( S^{\prime} \) における質量 \( m \) の物体の運動方程式を立式する場合, 運動方程式の右辺には実体を持つ(合)力 \( \vb*{F } \) に加えて慣性力 \( – m \vb*{\alpha } \) が加わる. \[ m \dv[2]{\vb*{r}^{\prime}}{t} = \vb*{F} – m \vb*{\alpha} \]具体例
モンキーハンティング
慣性力の問題, というよりは相対運動の有名問題であるモンキーハンティングについて考える. 実際, この問題は慣性力を持ち出すまでもなく相対的な運動学だけで議論することもできる. 今回はあえて慣性力を持ちだしてみ たというだけのことであるが, 1 つの問題を複数の視点から見るというのも物理の理解を深めることに繋がるのでお付き合い頂きたい.
モンキーハンティングとは, 位置 \( \vb*{x}_{1}=\qty( 0, 0 ) \) からある初速度 \( \vb*{v}_{1}=\qty( v_{0} \cos{\theta} , v_{0} \sin{\theta} ) \) で物体1(質量 \( m_{1} \) )を射出し, それと同時に位置 \( \vb*{x}_{2} = \qty( L , h ) \) にある物体2(質量 \( m_{2} \) )を初速度 \( \vb*{v}_{2}=\qty( 0, 0 ) \) で自由落下させるような状況設定の問題である.
このとき, 物体1と物体2が衝突する条件を求めよう, というのが興味のある物理である
今回はこの問題を物体2の立場, すなわち, 自由落下する立場となって一連の運動を観測することにしよう
まず, 自由落下している物体2に働いている力は重力 \( \vb*{F}_{g}=(0, – m_{2}g) \) のみであり, 物体2は鉛直下向きに加速度 \( g \) で落下している.
物体2の立場から見た運動を記述するため, 物体2を原点とした座標系 \( O-XY \) を考えよう. \( X \) 軸は水平方向右向きに, \( Y \) 軸は鉛直上向きにとり, その交点は常に物体2の位置と一致させる.
このような加速度運動をしている座標系(非慣性系)を選択したからには, 運動方程式には慣性力が加わることに注意しよう. 具体的に言えば, 物体2から見た質量 \( m \) の物体の運動方程式には鉛直上向きに大きさ \( mg \) の慣性力が働くことになる.
物体2から見た物体1の座標を \( ( X_{1}, Y_{1}) \) としよう. 射出後の物体1に働く力は重力のみであること, 物体2から物体1を見ているので慣性力が加わることを考慮した運動方程式は, \[ \begin{aligned} m_{1} \dv[2]{X_{1}}{t} & =0 \\ m_{1} \dv[2]{Y_{1}}{t} & = \underbrace{-m_{1}g}_{\text{重力}} + \underbrace{m_{1}g}_{\text{慣性力}} = 0 \end{aligned}\] となる. したがって, 物体2から見た物体1の加速度 \( \vb*{A}_{1} \) は \( \vb*{0} \) である.
ここまでくれば後は相対運動の問題である. というのも相対的な加速度 \( \vb*{A}_{1} \) が \( \vb*{0} \) なので, 相対的な速度 \( \vb*{V}_{1} \) は \[ \vb*{V}_{1} = \int \vb*{A}_{1} \dd{t}= \mathrm{const.}\] となる. この式の意味するところは, ある時刻における物体2と物体1の相対的な速度は, その相対的な初速度を保持し続け時間によらないということである.
したがって, 物体2からみた物体1の相対的初速度の方向が物体1からみた物体2の初期位置方向に一致していたならば, あとは相対的に勝手に近づいていって衝突することがわかる.
物体1, 物体2の初期座標は \( \qty( 0, 0 ) \) , \( \qty( L, h ) \) であり, 地面(=慣性系)から見た物体1の初速度が \( \vb*{v}_{1}=\qty( v_{0}\cos{\theta} , v_{0}\sin{\theta} ) \) , 物体2の初速度が \( \vb*{v}_{2} = \vb*{0} \) である. 物体2から見た物体1の相対的な初速度 \( \vb*{V}_{1} \) は \[ \begin{aligned} \vb*{V}_{1} &= \vb*{v}_{1} – \vb*{v}_{2} \\ &= \vb*{v}_{1} – \vb*{0} \\ &= \qty( v_{0}\cos{\theta} , v_{0}\sin{\theta} ) \quad . \end{aligned} \] 物体1から物体2への初期位置ベクトルは \[ \qty( L , h ) – \qty( 0, 0 ) = \qty( L, h ) \quad .\] この2つのベクトルの方向が一致していればよく, \[ \frac{v_{0} \sin{\theta}}{v_{0} \cos{\theta}} = \tan{\theta} = \frac{h}{L}\] を満たすような角度 \( \theta \) で物体1を射出すれば, 物体1と物体2は勝手に衝突することがわかる. 空気抵抗を無視すれば, 物体1の初速度の大きさは関係ないという面白い結論が得られた.
なお, 衝突に要する時間 \( T \) は, 初期の相対距離 \( \sqrt{L^2 + h^2 } \) を大きさ \( V_1 = v0 \) の相対速度で進むことになるので, \[ \begin{aligned} & \sqrt{L^2 + h^2 } = v_{0} T \quad \qty( \mathrm{or} \ L = v_{0} \cos{\theta} T )\\ \to \ & T = \frac{\sqrt{L^2+h^2}}{v_{0}} \end{aligned}\] である.
ただし, 物体2が地面に到達するのに要する時間は \( T^{\prime} \) は \[ \begin{aligned} h &= \frac{1}{2} g {T^{\prime}}^2 \\ \to \ T^{\prime} &= \sqrt{\frac{2L}{g} } \end{aligned}\] であることから地面に到達する前に両物体が衝突するためには \[ \begin{aligned} & T < T^{\prime} \\ \to \ & \frac{g}{2h}\qty( L^2 + h^2 ) < v_{0}^{2} \end{aligned}\] が必要となる.
三角台座と斜面を滑る物体
下図のように, 床に置かれた物体2(質量 \( m_{2} \) )とそのうえに置かれた物体1(質量 \( m_{1} \) )について考える.
物体2は床面に対して角度 \( \theta \) の傾斜を持っており, 物体2と床面および物体2と物体1との間の摩擦は無視することができるとする. また, 両物体は静止した状態から静かに動き始め, 物体1は物体2の斜面上を滑り降りるとする.
このような2物体の運動を解析するにあたって運動量保存則と呼ばれる法則を頼りにしていく方法もある. しかし, ここでは慣性力を使った解法について紹介する.
この2物体はそれぞれが床面に対して運動を行うことが想定される. そこで, どちらか一方の物体と共に動くような観測者の立場で物体の運動を解析してみよう, というのは自然な流れであろう.
ただし, (加速度)運動する観測者の立場(=非慣性系)で運動方程式を考えるときには, ニュートンの3法則加えて慣性力を考慮することを忘れてはならない.
以下, 物体2と共に運動するような観測者の立場で考える. この物体2が床面に対して水平方向左向きに加速度 \( \alpha \) で運動していたとしよう. この \( \alpha \) がどのような値になるかは分からないが, 2物体それぞれの運動方程式を解くことであきらかになる.
この立場で運動方程式を立式する限り, 質量 \( m \) の物体には物理的な実体を持つ力に加えて, 水平方向右向きに \( m\alpha \) の慣性力が加わることだけを忘れなければ, あとは静止した物体2上を滑り降りる物体1の運動という問題に還元することができる.
(物体2と共に運動する観測者から見た)物体1の運動に注目しよう. \( X_{1} \) 軸を物体2の斜面に沿った向き, \( Y_{1} \) 軸を斜面に垂直な向きにとったとき, 物体2と共に運動している観測者から見た物体1の運動方程式は, 水平方向右向きに慣性力 \( m_{1}\alpha \) が働いていることを考慮して, \[ \begin{aligned} m_{1} \dv[2]{X_{1}}{t} &= m_{1}g \sin{\theta} + m_{1} \alpha \cos{\theta} \\ m_{1} \dv[2]{Y_{1}}{t} &= – m_{1}g \cos{\theta} + N + m_{1} \alpha \sin{\theta} \end{aligned}\] となる. ここで, \( N \) は物体1が物体2から受けている垂直抗力の大きさである.
また, 物体1は物体2の斜面上を滑り降りるので, 斜面と垂直な方向に運動することはないという条件 \[ \dv[2]{Y_{1}}{t} = 0\] が成立する. このように, 物体の運動が幾何学的に制限されていることで付け加えられる式を拘束条件などという.
続いて, 物体2の運動に注目しよう. \( X_{2} \) 軸を水平方向右向き, \( Y_{2} \) 軸を鉛直上向きにとったとき, 物体2と共に運動している観測者から見た物体2は当然ながら静止している. したがって, 運動方程式に登場する物体2の水平方向及び鉛直方向の加速度は \( \displaystyle{\dv[2]{X_{2}}{t} = \dv[2]{Y_{2}}{t} = 0 } \) であること, 水平方向右向きに慣性力 \( m_{2}\alpha \) が働いていることを考慮して, \[ \begin{aligned} m_{2} \cdot 0 &= – N\sin{\theta} + m_{2} \alpha \\ m_{2} \cdot 0 &= – m_{2}g – N\cos{\theta} + R \end{aligned}\] となる. ここで, \( R \) は物体2が床から受ける垂直抗力である.
物体1, 物体2の慣性力を考慮した運動方程式から得られた結果をまとめると, \[ \begin{aligned} & \left\{\begin{aligned} & m_{1} \dv[2]{X_{1}}{t} – m_{1} \alpha \cos{\theta} = m_{1}g \sin{\theta} \\ & N + m_{1} \alpha \sin{\theta} = m_{1}g \cos{\theta} \end{aligned} \right. \\ & \left\{\begin{aligned} & N\sin{\theta} – m_{2} \alpha = 0 \\ & N\cos{\theta} – R = – m_{2}g \end{aligned} \right. \end{aligned}\] これらを, \( \alpha \) , \( \displaystyle{\dv[2]{X_{1}}{t} } \) , \( N \) , \( R \) について解けば, \[ \begin{aligned} \alpha &= \frac{m_{1}g\sin{\theta}\cos{\theta}}{m_{1}\sin[2]{\theta} + m_{2}}\\ \dv[2]{X_{1}}{t} &= \frac{m_{1} + m_{2}}{m_{1}\sin[2]{\theta} + m_{2}} g\sin{\theta} \\ N &= \frac{m_{1}m_{2}g\cos{\theta}}{m_{1}\sin[2]{\theta} + m_{2}}\\ R &= \frac{m_{1} + m_{2} }{m_{1}\sin[2]{\theta} + m_{2}} m_{2}g \end{aligned}\] となり, およそ興味のある量について全て解くことができた.
同じ問題を運動量保存則で解けることを運動量保存則のページで紹介する. その場合, 慣性力が登場しない代わりに物体1が物体2の斜面上を滑り降りるという拘束条件の表現が少しだけ複雑となるので, 慣性力で解いたほうが楽なことに気付くであろう.