高校物理で登場するレンズの公式を導出するにあたり, 単一の球面レンズによって屈折された光について成立する関係式を求めておくことにする.
ここでは, 近軸近似と言われる近似およびフェルマーの原理を用いることになる[1]フェルマーの原理はスネルの法則をあたえてくれる原理である. スネルの法則は屈折面だけに注目することで得られる局所的な関係式であり, … Continue reading.
各種近似公式の導出, フェルマーの原理の詳細が気になる人はそれぞれ近似式およびフェルマーの原理を適宜参照していただきたい.
フェルマーの原理の復習
フェルマーの原理とは, 光はその通過時間が極小になるような経路を通ることである.
いま, 屈折率の異なる \( M \) 個の領域を間にもつ2点間を光が移動するのにかかる時間を \( T \) とする. 屈折率 \( n_{i} \) の媒質中を通るのにかかる時間を \( t_{i} \) とすれば, \[ T = \sum_{i=1}^{M} t_{i}\] であり, フェルマーの原理によれば \( T \) を極小とする経路を通ることになる.
ここで, \( t_{i} \) は屈折率 \( n_{i} \) の媒質を通過する距離を \( l_{i} \) , 媒質中での光の速さを \( v_{i} \) とすれば \( t_{i} = l_{i} / v_{i} \) である. さらに, \( v_{i} \) は真空中での光速 \( c \) を用いて \( v_{i} = c / n_{i} \) と表される.
これらを用いると, \[ \begin{aligned} T &= \sum_{i=1}^{M} t_{i} = \sum_{i=1}^{M} \frac{l_{i}}{v_{i}} = \sum_{i=1}^{M} \frac{l_{i}n_{i}}{c} \\ &= \frac{1}{c}\sum_{i=1}^{M} L_{i} \quad \qty( L_{i} \coloneqq n_{i} l_{i} ) \end{aligned}\] と書くことができる. ここで \( L_{i}=n_{i}l_{i} \) は各媒質での光学的距離という.
上式より, \( T \) が極小となるというフェルマーの原理は, 光が通過する光学的距離の総和 \( \displaystyle{L = \sum_{i} L_{i}} \) が極小になる経路を通ることと同値関係にある.
球面による屈折
下図のように, 屈折率 \( n_{1} \) の位置 \( A \) に光源を置く. また, 屈折率 \( n_{1} \) の領域と屈折率 \( n_{2} \) の領域とは位置 \( C \) にその中心を据えた半径 \( R \) の球面で接している.
このとき, 点光源 \( A \) から出た光が球面上の点 \( P \) を通過し, 直線 \( AC \) 上のある点 \( B \) へと収束し(結)像を作ることが知られている.
点 \( A \) と点 \( B \) を結ぶ直線のことを光軸という.
光軸と球面の交点を点 \( O \) , 点 \( P \) から光軸へと降ろした垂線と光軸の交点を \( Q \) とし, 点 \( A \) から点 \( O \) までの距離を \( a \) , 点 \( O \) から点 \( B \) までの距離を \( b \) とする.
この屈折現象について, 幾何学的に成立する条件とフェルマーの原理を併用することで, \( a \) , \( b \) 及び \( R \) の間に成立する関係式を導く.
近軸近似
光軸上の点 \( O \) , \( Q \) の距離を \( x \) , 点 \( P \) の光軸からのズレを \( y \) とする.
ここで, 光源 \( A \) から出た光は光軸付近を通るもののみを考え, 球面レンズの大きさは長さ \( a \) や \( b \) に対して小さいとする近似を近軸近似という[2]近軸近似を用いて議論をするとき, 以下で行うような距離を近似で表す方法と屈折面での角度を近似する方法とがある..
以下で行う近軸近似において, \( \displaystyle{\frac{x}{a}} \) , \( \displaystyle{\frac{y}{a}} \) , \( \displaystyle{\frac{x}{b}} \) , \( \displaystyle{\frac{y}{b}} \) の2次までを採用する.
そこでは, 次の近似公式 \[ \qty( 1 + x )^{n} \approx 1+nx \quad \qty( 1 \gg x )\] を随時用いることになる. この証明については近似式を参照していただきたい.
幾何学的な条件
線分 \( \overline{AP} \) は \[ \overline{AP} = \sqrt{\qty( a+x )^2 + y^2}\] を満たし, 近似を用いて次のように整理することができる. \[ \begin{aligned} \overline{AP} &= \sqrt{\qty( a+x )^2 + y^2} \\ &= \sqrt{a^2\qty( 1+\frac{x}{a} )^2 + y^2} \\ &\approx \sqrt{a^2\qty( 1+2 \cdot \frac{x}{a} ) + y^2} \\ &= a \sqrt{1 + \qty( \frac{2x}{a} + \frac{y^2}{a^2} ) } \\ &\approx a \left\{1 + \frac{1}{2}\qty( \frac{2x}{a} + \frac{y^2}{a^2} ) \right\} \\ &= a \left\{1 + \frac{x}{a} + \frac{y^2}{2a^2} \right\} \\ \therefore \ \overline{AP} &\approx a \left\{1 + \frac{x}{a} + \frac{y^2}{2a^2} \right\} \quad . \end{aligned}\]
さらに, \( x \) と \( y \) については \[ x = R – \sqrt{R^2 – y^2}\] という関係が成立しており, 再び近似を用いると \( x \) と \( y \) の間に \[ \begin{aligned} x &= R – \sqrt{R^2 – y^2} \\ &= R – R\sqrt{1 – \qty( \frac{y}{R} )^2} \\ & \approx R – R \left\{1 – \frac{1}{2} \qty( \frac{y}{R} )^2 \right\} \\ &= \frac{y^2}{2R} \\ \therefore \ x &\approx \frac{y^2}{2R} \end{aligned}\] という関係が成立している. これを \( \overline{AP} \) に代入すると, \[ \begin{aligned} \overline{AP} &\approx a \left\{1 + \frac{x}{a} + \frac{y^2}{2a^2} \right\} \\ &\approx a \left\{1 + \frac{y^2}{2Ra} + \frac{y^2}{2a^2} \right\} \\ &= a \left\{1 + \frac{y^2}{2a} \qty( \frac{1}{R} + \frac{1}{a} ) \right\} \end{aligned}\] を得る.
同様に, 線分 \( \overline{PB} \) について考える. 線分 \( \overline{PB} \) は \[ \overline{PB} = \sqrt{\qty( b -x )^2 + y^2}\] である. これは線分 \( \overline{AP} \) の式において, \( a \to b \) , \( x \to -x \) という置き換えを行えば良いので, \[ \begin{aligned} \overline{PB} &= \sqrt{\qty( b -x )^2 + y^2} \\ &\approx b \left\{1 – \frac{x}{b} + \frac{y^2}{2b^2} \right\} \\ &\approx b \left\{1 – \frac{y^2}{2b} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) \right\} \end{aligned}\] となる.
以上より, 光の通る道筋について次の幾何学的な関係が得られた. \[ \begin{aligned} \overline{AP} &\approx a \left\{1 + \frac{y^2}{2a} \qty( \frac{1}{R} + \frac{1}{a} ) \right\} \\ \overline{PB} &\approx b \left\{1 – \frac{y^2}{2b} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) \right\} \end{aligned}\]
フェルマーの原理の適用
経路 \( A \to P \to B \) における光学的距離 \( L \) は \[ \begin{aligned} L &= n_{1} \overline{AP} + n_{2} \overline{PB} \\ &\approx n_{1} a \left\{1 + \frac{y^2}{2a} \qty( \frac{1}{R} + \frac{1}{a} ) \right\} \\ & \quad + n_{2}b \left\{1 – \frac{y^2}{2b} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) \right\} \end{aligned}\] であり, \( L \) は \( y \) の関数 \( L(y) \) である.
フェルマーの原理に従うならば, 光は光学的距離が極小になるような経路を通る. したがって, 光学的距離 \( L \) が \( y \) の関数であるとすれば, \[ \dv{L}{y} = 0\] を満たすことになる.
実際に微分すると, \[ \begin{aligned} \dv{L}{y} &= n_{1}a \cdot \frac{2y}{2a} \qty( \frac{1}{R} + \frac{1}{a} ) – n_{2}b \cdot \frac{2y}{2b} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) \\ &= y \qty[ n_{1} \qty( \frac{1}{R} + \frac{1}{a} ) – n_{2} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) ] \quad . \end{aligned}\] これが恒等的にゼロになることより, \( n_{1} \) , \( n_{2} \) , \( a \) , \( b \) , \( R \) について次式が成立することになる. \[ n_{1} \qty( \frac{1}{R} + \frac{1}{a} ) = n_{2} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) \quad .\] ただし, 後でも取り上げることになるが, この式に登場する \( a \) , \( b \) , \( R \) は長さであることに注意してほしい.
逆に, このような条件を満たす位置 \( B \) には点光源 \( A \) から出た光は \( y \) の値によらずに光学的距離が \[ \begin{aligned} L &\approx n_{1} a \left\{1 + \frac{y^2}{2a} \qty( \frac{1}{R} + \frac{1}{a} ) \right\} \\ & \quad + n_{2}b \left\{1 – \frac{y^2}{2b} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) \right\} \\ &\underbrace{=}_{\dv{L}{y}=0} n_{1} a + n_{2} b \end{aligned}\] と一定の値をとり, 位相が揃った波が到達して強め合うことになる.
単一球面での屈折
ある軸上に光源 \( A \) , 球面レンズの中心 \( C \) があり, \( A \) から出た光が軸付近を通って像を成す位置を \( B \) とする. \( A \) は屈折率 \( n_{1} \) の領域に, \( C \) , \( B \) は屈折率 \( n_{2} \) の領域に存在する. この時の軸を光軸といい, 光軸と球面の交点を \( O \) とする. 線分 \( AO \) の長さを \( a \) , 線分 \( OB \) の長さを \( b \) , 球面の半径を \( R \) とすると, \( n_{1} \) , \( n_{2} \) , \( a \) , \( b \) , \( R \) の間に次式が成立する. \[ n_{1} \qty( \frac{1}{R} + \frac{1}{a} ) = n_{2} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) \quad .\] 上記の条件を満たす像の位置に到達する光の位相は揃っている.アッベの不変量
球面での屈折に対して近軸近似を用いて導いた公式に使った文字 \( a \) , \( b \) , \( R \) は実際には長さ \( \abs{a } \) , \( \abs{b } \) , \( \abs{R } \) であり, \[ n_{1} \qty( \frac{1}{\abs{R }} + \frac{1}{\abs{a }} ) = n_{2} \qty( \frac{1}{\abs{R }} – \frac{1}{\abs{b }} ) \quad .\] と書くべきである.
ここで, 改めて下図のように光軸上の点 \( O \) を座標原点とし, \( a \) , \( b \) , \( R \) をそれぞれ, 光源 \( A \) , 像 \( B \) , 球面の中心 \( C \) の座標と設定する.
このとき, \( a<0 \) , \( b>0 \) , \( R>0 \) であることから, \[ \left\{\begin{aligned} \abs{a } &= – a \\ \abs{b } &= +b \\ \abs{R } &= +R \end{aligned} \right.\] であり, 球面屈折の公式を座標 \( a \) , \( b \) , \( R \) を用いて次のように表される. \[ \begin{aligned} n_{1} \qty( \frac{1}{\abs{R }} + \frac{1}{\abs{a }} ) &= n_{2} \qty( \frac{1}{\abs{R }} – \frac{1}{\abs{b }} ) \\ \to \ n_{1} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{a} ) &= n_{2} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) \quad . \end{aligned}\]
このように, 近軸近似を用いた球面の屈折において成立する式を座標で表しておくと大変対称性が良く, この式の左辺には屈折率 \( n_1 \) に関する量だけが登場し, 右辺には屈折率 \( n_2 \) に関する量だけが登場しており, これらは不変量となっている.
上式の各辺の量はアッベの零不変量または単にアッベの不変量と呼ばれ, 近軸近似において不変な量である.
また, \[ \frac{n_{2} – n_{1} }{R} = \frac{n_{2}}{b} – \frac{n_{1}}{a} \] と書き換えると, 左辺が境界面の形状とその両側の媒質(の屈折率)のみで決まり, 光源の座標 \( a \) や像の座標 \( b \) に依存しない. この関係式はアッベの不変量の式などと言われる.
アッベの不変量
光軸から出た光が球面で屈折して像を成すとき, 球面レンズとの交点を座標原点を \( O \) とする座標系を考え, \( a \) , \( b \) , \( R \) をそれぞれ, 光源 \( A \) , 像 \( B \) , 球面の中心 \( C \) の座標とする. このとき各座標について次式が成立し, 両辺の値をそれぞれアッベの不変量といい. その関係式はアッベの不変量の式と呼ばれる. \[ \begin{aligned} & n_{1} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{a} ) = n_{2} \qty( \frac{1}{R} – \frac{1}{b} ) \\ & \iff \ \frac{n_{2} – n_{1} }{R} = \frac{n_{2}}{b} – \frac{n_{1}}{a} \end{aligned} \]アッベの不変量及びその関係式は座標 \( a \) , \( b \) , \( R \) , \( n_{1}/n_{2} \) の様々な符号の組み合わせについても成立する.
以下, \( \displaystyle{\frac{n_{2}}{n_{1}} > 1 } \) を満たす場合の各光路の様子をまとめておく.