ベクトル
「ベクトルとは何か?」と聞かれれば,ベクトルとは,大きさと向きを持つ量であると答えるのが通例であるし,それでよい.
ベクトルをつかって表現すべきものはたくさんある.ベクトルを用いることで議論がシンプルになる場面も多い.
例えば下図のように「点 \( O \) から見て点 \( A \) はどこにいるか」について説明する方法を考えよう.
この場合,点 \( O \) と点 \( A \)を結ぶ長さ(距離)と,点 \( O \) から見て点 \( A \) に向かう方向を指定することが必要となる.
方向だけを指定しても距離が違えば別の点を指定してしまうし,距離だけを指定しても方向が違えばこれまた別の点を指定してしまうことになる.
このように,位置を適切に指定する時には,方向と長さ(大きさ)の両方を持つベクトルで表現することになる.
ベクトルとスカラー
ベクトルの要素として,向きと長さ(大きさ)が必要であると述べた.このうち、向きを持っていない量のことをベクトルと区別してスカラーと呼ぶ.
物理量のうち、スカラー量の例としては質量,温度などがある,
一方,ベクトル量の例としては位置,速度,力などがある.
スカラー場
空間の各点にスカラー量が割り当てられているような空間をスカラー場という.
スカラー場の身近な例は天気予報の気温図などであろう(下図).温度というスカラー量が各点に割り当てており,スカラー場の丁度よい例となっている.
ベクトル場
空間の各点にベクトル量が割り当てられているような空間をベクトル場という.
ベクトル場の身近な例として天気予報の風向図を下に示す.風向図では風の強さ(はやさ)と向きを指定して初めて意味があり,これを簡単に書き表している.下図では地図上の各点に風向きを矢印で,強さを数字で書き表しており,典型的なベクトル場の例となっている.
スカラー場とベクトル場の考え方は表立っては登場しないが,空間の各点にスカラー量もしくはベクトル量が敷き詰められているという感覚は持っておいてほしい [1].
ベクトルの基本性質
ベクトルの表記法
ある点 \( A \) が点 \( O \) に対してどの位置にあるのかを示すベクトルを \( \overrightarrow{OA} \) などと表す.このとき,点 \( O \) をベクトルの始点,点 \( A \) をベクトルの終点という.
べクトルの始点を常に原点 \( O \) に固定することにしたベクトルを位置ベクトルといい,終点の座標と同じ記号を用いて \( \overrightarrow{a} \) などと表記する.
理工学系の参考書などでは,ベクトル \( \overrightarrow{a} \) を \( \vb*{a} \) などの太字を使って表す.
当サイトでもベクトル量は太字を使って表現することにする. すなわち, \[ \vb*{a} = \overrightarrow{a} = \overrightarrow{OA} \] はどれも同じベクトルを表している.
ベクトルの大きさ
ベクトル \( \vb*{a} \) が持っている要素として,その長さ(大きさ)を表すスカラー量がある.ベクトル \( \vb*{a} \) の大きさを \( \abs{\vb*{a} } \) と表す.
同様に,ベクトルを太字書きせず単に \( a \) と書いた場合もベクトル \( \vb*{a} \) の大きさを表すことにする. すなわち,\( \vb{a} \) の大きさは \[ a = \abs{\vb*{a} } \] で表す.
逆ベクトル
ベクトル \( \vb*{a} \) とは逆向きで同じ大きさを持つ逆ベクトルを \( - \vb*{a} \) で表し, \[ \abs{ - \vb*{a} } = \abs{ \vb*{a} } = a \] である.
なお,ベクトル \( \vb*{a} \) の逆ベクトルの逆ベクトルは元のベクトルと一致しており, \[ - \qty( - \vb*{a} ) = \vb*{a} \] である.
ベクトルの平行移動
ベクトルを定める時には,大きさと向きを指定すればよいと述べた.したがって,始点と終点を指定しておく必要はない.そこで,大きさと向きが同じベクトルの群は同じベクトルと考えるのである.
下図に示したベクトルは,全てベクトル \( \vb*{a} \) と同じ向きと大きさを持つベクトルであり,平行移動してもその意味はかわらない.
ベクトルの和
スカラーと同様に,ベクトルについても和差計算を考えることができる.
ベクトル \( \vb*{a} \) とベクトル \( \vb*{b} \) の和を \[ \vb*{a} + \vb*{b} \] と書き,新しいベクトルとみなす.
ベクトル \( \vb*{a} + \vb*{b} \) は, \( \vb*{a} \) の終点と \( \vb*{b} \) の始点を合わせてベクトルをつなぎ, \( \vb*{a} \) の始点と \( \vb*{b} \) の終点を直線でつないだベクトルを表す.
ベクトル \( \vb*{a} \) とベクトル \( \vb*{b} \) の和 \( \vb*{a} + \vb*{b} \) を新しく \( \vb*{c} \) と書くことにする. \[ \vb*{c} = \vb*{a} + \vb*{b} \]
このようにベクトルの和をとることをベクトルの合成ともいう.
また,あるベクトル \( \vb*{c} \) を別のベクトル \( \vb*{a} \) 及び \( \vb*{b} \) の和に置き換えたとみなすこともでき,ベクトルの分解という.
同様に,ベクトルの差 \( \vb*{a} - \vb*{b} \) は \( \vb*{a} + \qty( - \vb*{b} ) \) であり, \( \vb*{a} \) と \( \vb*{b} \) の逆ベクトル \( - \vb*{b} \) の和と考えればよい.
ゼロベクトル
始点と終点が一致したベクトルをゼロベクトルといい, ゼロベクトルを \[ \vb*{0} = \overrightarrow{0} \] で表す.
ゼロベクトル \( \vb*{0} \) は大きさがゼロであり,向きについては考えない.
ベクトルの実数倍
ベクトル \( \vb*{a} \) の実数倍を,実数 \( k \) を用いて \( k \vb*{a} \) と表す.
\( \vb*{a} = \vb*{0} \) の場合
\( k \vb*{a} \) は \( \vb*{0} \) となる.
\( \vb*{a} \neq \vb*{0} \) の場合
\( k=0 \) の時 : \( k\vb*{a} \) は \( \vb*{0} \) となる.
\( k>0 \) の時 : \( k\vb*{a} \) の向きは \( \vb*{a} \) と一致し, 大きさは \( \abs{ k \vb*{a} } = ka \) となる.
\( k<0 \) の時 : \( k\vb*{a} \) の向きは \( \vb*{a} \) と逆向きであり, 大きさは \( \abs{ k \vb*{a} } = ka \) となる.
単位ベクトル
大きさが \( 1 \) のベクトル \( \vb*{e} \) を単位ベクトルという.
例えば,ベクトル \( \vb*{a} \) と同じ方向で大きさが \( 1 \) の単位ベクトルを \( \vb*{e} \) とすれば, \[ \vb*{a} = \abs{\vb*{a} } \vb*{e} = a \vb*{e} \] と表すことができる.
ベクトルの演算
\( \vb*{a}, \vb*{b}, \vb*{c} \) を任意のベクトル, \( k, l \) を任意の実数とする.
ベクトルは以下に挙げるような性質を持つ. \[ \vb*{a} + \vb*{b} = \vb*{b} + \vb*{a} \] \[ \qty( \vb*{a} + \vb*{b} ) + \vb*{c}= \vb*{a} + \qty(\vb*{b} + \vb*{c} ) \] \[ k \qty( \vb*{a} + \vb*{b} ) = k \vb*{a} + k \vb*{b} \] \[ \qty( k + l ) \vb*{a} = k \vb*{a} + l \vb*{a} \] \[ k \qty( l \vb*{a} ) = kl \vb*{a} \] \[ 1 \vb*{a} = \vb*{a} \] \[ \qty( -1 ) \vb*{a} = - \vb*{a} \] \[ 0 \vb*{a} = \vb*{0} \] \[ \vb*{a} + \vb*{0} = \vb*{a} \]
ベクトルの成分表示
これまではベクトル自身が持つ性質についてのみ説明してきた.次は,ベクトルをある空間に配置することを考える.
2次元空間のベクトル
2次元空間にベクトル \( \vb*{a} \) を配置することを考える.なお,2次元空間のベクトルを平面ベクトルともいう.
ベクトル \( \vb*{a} \) を配置する2次元空間に,2つの垂直に交わる座標軸を用意し,それぞれ \( x \) 軸,\( y \) 軸とし,\( x \) 軸と \( y \) 軸の交点を原点 \( O \) と呼ぶ.
ベクトル \( \vb*{a} \) を,始点を原点 \( O \) に固定した位置ベクトルし,\( \vb*{a} \) の終点を点 \( A \qty( a_x , a_y ) \) とする.
点 \( A \) から \( x \) 軸及び \( y \) 軸に垂線をおろし,垂線とそれぞれの軸との交点を\( P\qty( a_x , 0 ) \) 及び \( Q \qty( 0 , a_y ) \)とする.
また,\(P, Q \) の位置ベクトルをそれぞれ \( \vb*{p} , \vb*{q} \) とする.
ここで,向きが \( x \) 軸方向で大きさ \( 1 \) の単位ベクトルを \( \vb*{e}_x \),向きが \( y \) 軸方向で大きさ \( 1 \) の単位ベクトルを \( \vb*{e}_y \) とすると, \[ \begin{align} \vb*{p} &= a_x \vb*{e}_x \\ \vb*{q} &= a_y \vb*{e}_y \end{align} \] が成立する.
ベクトル \( \vb*{a} \) は \( \vb*{p} \) と \( \vb*{q} \)の合成とみなすことができるため, \[ \begin{aligned} \vb*{a} &= \vb*{p} + \vb*{q} \\ &= a_x \vb*{e}_x + a_y \vb*{e}_y \\ &= \qty(a_{x}, a_{y} ) \end{aligned} \label{aベクトルの基本ベクトル表示} \] となる.ここで,\( a_x , a_y \) をそれぞれベクトル \( \vb*{a} \) の \( x \) 成分及び \( y \) 成分といい,ベクトルを成分の組で表す方法をベクトルの成分表示という.
なお,ベクトル \( \vb*{a} \) の大きさ \( \abs{\vb*{a}} \) を,各成分を用いて表すと, \[ \abs{\vb*{a} } = a = \sqrt{a_x^2 + a_y^2 } \] となる.
成分表示の2次元ベクトルの演算
\( \vb*{a} = \qty( a_x , a_y ) \) 及び \( \vb*{b} = \qty( b_x , b_y ) \) を任意のベクトル, \( k \) を任意の実数とすると,以下に挙げるような性質を満たす. \[ k \vb*{a} = k \qty( a_x , a_y ) = \qty( k a_x , k a_y ) \] \[ \begin{aligned} \vb*{a} + \vb*{b} &= \qty( a_x , a_y ) + \qty( b_x , b_y ) \\ &= \qty( a_x + b_x , a_y + b_y ) \end{aligned} \] \[ \begin{aligned} \vb*{a} - \vb*{b} &= \qty( a_x , a_y ) - \qty( b_x , b_y ) \\ &= \qty( a_x - b_x , a_y - b_y ) \end{aligned} \]
2次元空間の距離
2次元空間上の点 \( A\qty( x_1 , y_1 ) \) と \( B \qty( x_2 , y_2 ) \) の距離をベクトルを用いて表現しよう.
始点が \( A \) ,終点が \( B \) のベクトル \( \overrightarrow{AB} \) を \( \vb*{p} \) とすれば, \[ \begin{aligned} \vb*{p} &= \overrightarrow{AB} = \overrightarrow{OB} - \overrightarrow{OA} \\ &= \qty( x_2 - x_1 , y_2 - y_1 ) \end{aligned} \] である.
ここで,点 \( A \) と点 \( B \) との距離は \( \abs{\vb*{p}} \) であるので,三平方の定理より, \[ \begin{aligned} \abs{\vb*{p} } &= \abs{\overrightarrow{AB} } \\ &= \sqrt{ \qty( x_2 - x_1 )^2 + \qty( y_2 - y_1 )^2 } \end{aligned} \] となる.
3次元空間のベクトル
ベクトルの長所として,考える次元の数が変わっても,考える成分が増えるだけで,一部の演算法則は素直に拡張するだけでよいということが挙げられる.
今度はベクトル \( \vb*{a} \) を配置する空間として3次元空間を想定する.
3次元空間では互いに垂直で,ある1点で交わる3つの座標軸を用意し, それぞれ\( x \) 軸,\( y \) 軸及び\( z \) 軸とし,それらの交点を原点 \( O \) とする.
また, \( x \) 軸, \( y \) 軸,\( z \) 軸の正方法を向き,大きさ \( 1 \) の単位ベクトルをそれぞれ \( \vb*{e_x} , \vb*{e_y} , \vb*{e_z} \) とする.
2次元ベクトルの時と同様に,3次元ベクトル(空間ベクトル) \( \vb*{a} \) の成分表示を \[ \vb*{a} = \qty( a_x, a_y, a_z ) \] と表し,\( a_x, a_y, a_z \) をそれぞれベクトル \( \vb*{a} \) の \( x \) 成分, \( y \) 成分, \( z \) 成分と呼ぶ.
成分表示の3次元ベクトルの演算
\( \vb*{a} = \qty( a_x, a_y, a_z ) \) 及び \( \vb*{b} = \qty( b_x , b_y , b_z ) \) を任意のベクトル, \( k \) を任意の実数とすると,以下に挙げるような性質を満たす. \[ k \vb*{a} = k \qty( a_x, a_y, a_z ) = \qty( k a_x, k a_y, k a_z ) \] \[ \begin{aligned} \vb*{a} + \vb*{b} &= \qty( a_x, a_y, a_z ) + \qty( b_x , b_y , b_z ) \\ &= \qty( a_x + b_x, a_y + b_y, a_z + b_z ) \end{aligned} \] \[ \begin{aligned} \vb*{a} - \vb*{b} &= \qty( a_x, a_y, a_z ) - \qty( b_x, b_y, b_z ) \\ &= \qty( a_x - b_x, a_y - b_y, a_z - b_z ) \end{aligned} \]
3次元空間の距離
ベクトル \( \vb*{p} \) の始点が \( A\qty( x_1, y_1, z_1 ) \) で,終点が \( B\qty( x_2 , y_2 , z_2 ) \) の時,成分表示を用いて \[ \begin{aligned} \vb*{p} &= \overrightarrow{AB} = \overrightarrow{OB} - \overrightarrow{OA} \\ &= \qty( x_2 - x_1, y_2 - y_1, z_2 - z_1 ) \end{aligned} \] と表される.
点 \( A \) と点 \( B \) との距離は,\( \vb*{p} \) の大きさ \( \abs{\vb*{p}} \) に一致するので, \[ \begin{aligned} \abs{\vb*{p} } &= \abs{\overrightarrow{AB} } \\ &= \sqrt{\qty( x_2 - x_1 )^2 + \qty( y_2 - y_1 )^2 + \qty( z_2 - z_1 )^2 } \end{aligned} \] で与えれる.
内積
ベクトルとベクトルの和差計算は,2つのベクトルを組み合わせて別のベクトルを作る操作であり,ベクトルとスカラーとの積は,ベクトルの長さの伸長や向きの反転によって新しいベクトルを作る操作であった.
次に考えるのは,ベクトルとベクトルとの積である.
ベクトルの積には2つの考え方があり,そのうちの1つが 内積 と言われる積であり,ベクトルとベクトルからスカラー量を作る積である.
ゼロベクトル( \( \vb*{0} \) )でない二つのベクトル \( \vb*{a}, \vb*{b} \) のなす角が \( 0 \le \theta \le \pi \) を満たす \( \theta \) であるとき, \( \vb*{a} , \vb*{b} \) の内積を \( \vb*{a} \vdot \vb*{b} \) と書き, \[ \vb*{a} \vdot \vb*{b} \coloneqq \abs{\vb*{a}} \abs{\vb*{b}} \cos{\theta} \] で定義する.
スカラー同士の積計算では,演算子として「 \( \vdot \) 」や「 \( \times \) 」を用いるか,演算子を省略していたが,ベクトルでの内積計算時は必ず「 \( \vdot \) 」を用いる.
ベクトルの積の演算子として,「 \( \cross \) 」は,後に説明する外積という量を表すので,繰り返しにはなるが,ベクトルの積計算では「 \( \vdot \) 」と「 \( \cross \) 」とは厳密に区別する必要がある.
なお,ゼロベクトル \( \vb*{0} \) の内積は \[ \vb*{0} \vdot \vb*{b} = 0 \] とする.
内積の性質
\( \vb*{a}, \vb*{b} \) が2次元ベクトルのとき, \( \vb*{a}=\qty( a_x , a_y ), \vb*{b}= \qty( b_x , b_y ) \) とする. \( \vb*{a}, \vb*{b}, \vb*{c} \) が3次元ベクトルのとき,\( \vb*{a}=\qty( a_x, a_y, a_z ), \vb*{b}= \qty( b_x, b_y, b_z ) \) とする.また, \( \vb*{a} \) と \( \vb*{b} \) のなす角を \( \theta \) とすると,次のような性質を満たす. \[ \vb*{a} \vdot \vb*{b} = \vb*{b} \vdot \vb*{a} = \abs{\vb*{a}} \abs{\vb*{b}} \cos{\theta} \] \[ \vb*{a} \vdot \vb*{a} = \abs{\vb*{a}} \abs{\vb*{a}} \cos{0} = \abs{\vb*{a} }^2 \] \[ \vb*{a} \vdot \vb*{b} = \begin{cases} a_x b_x + a_y b_y & \text{2次元の場合}\\ a_x b_x + a_y b_y + a_z b_z & \text{3次元の場合} \end{cases} \] \[ \cos{\theta} = \frac{ \vb*{a} \vdot \vb*{b} }{ \abs{\vb*{a}} \abs{\vb*{b}}} = \begin{cases} \frac{a_x b_x + a_y b_y}{\sqrt{a_x^2 + a_y^2 } \sqrt{b_x^2 + b_y^2 } } & \text{2次元の場合} \\ \frac{a_x b_x + a_y b_y +a_z b_z}{\sqrt{a_x^2 + a_y^2 + a_z^2} \sqrt{b_x^2 + b_y^2 + b_z^2} } & \text{3次元の場合} \end{cases} \]
内積と垂直条件
\( \vb*{0} \) でないベクトル \( \vb*{a} \) と \( \vb*{b} \) が直交するとき, \( \vb*{a} \) と \( \vb*{b} \) とのなす角は \( \frac{\pi}{2} \) であるので,内積は \( 0 \) となる.
このような \( \vb*{a} \) と \( \vb*{b} \) の関係を \( \vb*{a} \perp \vb*{b} \) と書き,ゼロでない二つのベクトルの内積が \( 0 \) であることは,二つのベクトルが直交することの必要十分条件 \[ \vb*{a} \perp \vb*{b} \iff \vb*{a} \vdot \vb*{b} = 0 \] である.
内積と射影ベクトル
2次元ベクトル \( \vb*{a} = \qty( a_x , a_y ) \) と \( x \) 軸方向への単位ベクトル \( \vb*{e}_x = \qty( 1, 0 ) \) の内積は \[\vb*{a} \vdot \vb*{e_x} = a_x \cdot 1 + a_y \cdot 0 = a_x \] となり, \( \vb*{a} \) ベクトルの \( x \) 成分のみを取り出すことができる.
また,ベクトル \( \vb*{a} \) が \( \vb*{e}_x \) 方向に対して垂直に下ろした影がつくるベクトルは \[ \qty( \vb*{a} \vdot \vb*{e}_x ) \vb*{e}_x = a_x \vb*{e}_x \] であり,正射影ベクトルという.
一般に,ベクトル \( \vb*{a} \) のベクトル \( \vb*{b} \) に対する正射影ベクトル \( \vb*{a}^{\prime } \) について考えよう.ここで,\( \vb*{a} \) と \( \vb*{b} \) とのなす角は \( \theta \) とする.
ベクトル \( \vb*{b} \) を向いた単位ベクトルは \( \frac{\vb*{b}}{\abs{\vb*{b}}} \) であり,ベクトル \( \vb*{a} \) の \( \frac{\vb*{b}}{\abs{\vb*{b}}} \) 向きの大きさは \( \abs{\vb*{a} } \cos{\theta} \) である.
したがって,ベクトル \( \vb*{a} \) のベクトル \( \vb*{b} \) に対する正射影ベクトル \( \vb*{a}^{\prime } \) は, \[ \begin{aligned} \vb*{a}^{\prime } &= \abs{\vb*{a}} \cos{\theta} \frac{\vb*{b}}{\abs{\vb*{b}}} \\ &= \abs{\vb*{a}} \frac{\vb*{a} \vdot \vb*{b}}{\abs{\vb*{a}} \abs{\vb*{b}}} \frac{\vb*{b}}{\abs{\vb*{b} }} \\ &= \qty( \frac{\vb*{a} \vdot \vb*{b}}{\abs{\vb*{b}}^2 } ) \vb*{b} \end{aligned} \] である.
なお,\( \vb*{a}^{\prime } \) と \( \vb*{b} \) の内積は, \[ \vb*{a}^{\prime} \vdot \vb*{b} = \qty( \frac{\vb*{a} \vdot \vb*{b}}{\abs{\vb*{b} }^2 } ) \abs{\vb*{b} } \ \abs{\vb*{b} } = \vb*{a} \vdot \vb*{b} \] である.
したがって, \( \vb*{a} \) と \( \vb*{b} \) の内積は, \( \vb*{a} \) を \( \vb*{b} \) に射影したベクトル \( \vb*{a}^{\prime } \) の大きさと \( \vb*{b} \) の大きさの積であるともいえる.
外積
外積の定義
ベクトルに対して,外積(ベクトル積)と呼ばれる新たな演算を導入する.
外積は,2つの空間ベクトルに対して定義される演算であり,2つのベクトルから新しい空間ベクトルを生成する演算である.
なお,外積は特定の次元のベクトルの組に対してのみ定義できる演算であり,高校から大学初年度程度の物理の範囲では,空間ベクトルに対してのみ外積を考えることにする.
ベクトル \( \vb*{A} = \qty( A_x, A_y, A_z ) \) , \( \vb*{B} = \qty( B_x, B_y, B_z ) \) の外積を,記号「 \( \cross \) 」を用いて \( \vb*{A} \cross \vb*{B} \) で表す.
ここで,ベクトル \( \vb*{C} = \vb*{A} \cross \vb*{B} \) の成分 \( \qty( C_x , C_y , C_z ) \) は, \[ \begin{aligned} C_x &\coloneqq A_y B_z - A_z B_y \\ C_y &\coloneqq A_z B_x - A_x B_z \\ C_z &\coloneqq A_x B_y - A_y B_x \end{aligned} \label{CxCyCz} \] で定義される.
また, \( \vb*{A}, \vb*{B} \) のなす角を \( \theta \) とすると, \( \vb*{C} \) の大きさは \[ \abs{\vb*{C} } = \abs{\vb*{A} \cross \vb*{B} } = \abs{\vb*{A} } \abs{\vb*{B} } \sin{\theta} \label{CABsin} \] である. これは \( \vb*{A} , \vb*{B} \) を2辺とした平行四辺形の面積に等しい.
\( \vb*{C} \) の成分と大きさについての補足
\( \vb*{C} = \vb*{A} \cross \vb*{B} \) の向きの定義を説明するため,\( \vb*{A} , \vb*{B} \) が \( x-y \) 平面上に存在する場合,すわなち,\( \vb*{A} = \qty( A_x , A_y , 0 ) \) , \( \vb*{B} = \qty( B_x , B_y , 0 ) \) と表される場合を考える.
このとき,\( \vb*{C} = \vb*{A} \cross \vb*{B} \) の向きは図に示すような向きであり,\( \vb*{A} , \vb*{B} \) の両方に垂直な方向の成分のみ値を持つ.このような方向を右ねじの方向という.
実際,\( \vb*{C} \) の成分の定義式\eqref{CxCyCz}に \( \vb*{A}, \vb*{B} \)の成分を代入すると, \[ \begin{aligned} \qty( C_x, C_y, C_z ) &= \qty( A_y B_z - A_z B_y, A_z B_x - A_x B_z, A_x B_y - A_y B_x) \\ &= \qty(A_y \cdot 0 - 0 \cdot B_y, 0 \cdot B_x - A_x \cdot 0, A_x B_y - A_y B_x) \\ &= \qty(0, 0, A_x B_y - A_y B_x) \end{aligned} \] となり,\( \vb*{A} , \vb*{B} \) の両方に垂直な \( z \) 軸方向の成分のみが残る.
外積はその定義の性質上,\( \vb*{A} \) と \( \vb*{B} \) の掛け算の順序が逆になると \( \vb*{C} \) の向きも反対になる.すなわち, \[ \vb*{B} \cross \vb*{A} = - \vb*{A} \cross \vb*{B} \] であることに注意が必要である.このような性質を積が非可換であるという.
積が非可換であるのは何も特別なことではなく,むしろ内積のように積の順序が関係ない(可換)という性質がある種特別な性質といえる.
高校物理の範囲において,外積を用いて議論する分野としては,力学の角運動量・モーメント,電磁気での磁場・ローレンツ力などの範囲である.これらの分野は,そもそもが外積を用いて議論すべき内容であるにも関わらず,右ねじの向きの考え方だけが紹介されるだけであるのが一般的である.
外積の演算
任意のベクトル \( \vb*{A}, \vb*{B}, \vb*{C} \) と実数 \( k \) に対して, 外積の演算は以下の様な特徴を持つ.特に,最初の2つの演算は内積の性質とは大きく異なる点に注意されたい.
\[ \vb*{A} \cross \vb*{A} = \vb*{0} \] \[ \vb*{A} \cross \vb*{B} = - \vb*{B} \cross \vb*{A} \] \[ \qty( \vb*{A} + \vb*{B} ) \cross \vb*{C} = \vb*{A} \cross \vb*{C} + \vb*{B} \cross \vb*{C} \] \[ k \qty( \vb*{A} \cross \vb*{B} ) = k \vb*{A} \cross \vb*{B} = \vb*{A} \cross k \vb*{B} \] \[ \vb*{A} \cross \vb*{0} = \vb*{0} \] \[ \vb*{A} \cross \qty( \vb*{B} \cross \vb*{C} ) + \vb*{B} \cross \qty( \vb*{C} \cross \vb*{A} ) + \vb*{C} \cross \qty( \vb*{A} \cross \vb*{B} ) = \vb*{0} \] \[ \vb*{A} \cross \qty( \vb*{B} \cross \vb*{C} ) = \qty( \vb*{A} \vdot \vb*{C} ) \vb*{B} - \qty( \vb*{A} \vdot \vb*{B} ) \vb*{C} \]
各公式の証明についてはこれ以上踏み込まないが,興味がある人は各自で行ってみること.
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すでに物理を学んだ人にとってはこれらの考え方が物理では頻繁に使われていたことを思い出してほしい. 質量のある物体に重力を与える重力場や,電荷を持つ物体にローレンツ力を与える電場などはベクトル場の一種であるし,熱平衡状態とは空間の各点での温度が同じ値を持っているスカラー場の一種である.
このような、場という考え方は将来的に物理を学びたいと考えている人にとってはとても重要な考え方である.
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