熱力学的サイクルと熱効率

熱力学的サイクル

気体を封入したピストン運動などをよく扱う熱力学であるが, その中でも特に重要なのは始状態と終状態が一致するような熱力学的な過程であり, 熱力学的サイクルまたは単にサイクルと呼ばれる.

\( P-V \) グラフ上に熱力学的サイクルを描くと下図のような閉曲線であらわされることになる.

以下では, この熱力学的サイクルを特徴付ける物理として正味の仕事熱効率というものを考えることになる[1]熱効率は我々の身の回りに存在する動力源(エンジン)を特徴付ける量であり, 熱効率を巡る物語は工業的な側面との関連が強く, … Continue reading.

なお, 高校物理で登場する熱力学的サイクルの他に理工学において重要な熱力学的サイクルなどは様々な熱力学的サイクルにまとめた.

熱力学的サイクル

始状態から出発し, 別の状態を経て元の状態へと戻るような熱力学的過程を(熱力学的)サイクルという. 熱力学的サイクルは \( P-V \) グラフ上で閉曲線としてあらわされる.

正味の仕事

ある熱力学的サイクルを一周したときに系が外部に対して行う正味の仕事というものを考える.

体積が \( V_{1} \) から \( V_{2} ( > V_{1} ) \) へ状態 \( A \to B \to C \) を経て膨張するときの圧力変化が下図のようであったとする. この変化の間に系が外部へ行った仕事は \[ W_{ABC} =\int_{V_{1}}^{V_{2}} P \dd{V}\] と表すことができる. この積分結果(=仕事)は \( V_{1}\to V_{2} \) の間に圧力 \( P \) がどんな変化の仕方をするのかに依存する.

一方, 体積が \( V_{2} \) から \( V_{1} \) へ状態 \( C \to D \to A \) を経ながら圧縮されるときの圧力変化が下図のようであったとする. この変化の間に系が外部へ行った仕事は \[ W_{CDA} = \int_{V_{2}}^{V_{1}} P \dd{V}\] と表すことができる. 仕事は \( V_{2}\to V_{1} \) の間に圧力 \( P \) がどんな変化の仕方をするのかに依存する量であり, 今の場合 \( V_{2} > V_{1} \) と圧力 \( P > 0 \) から \( W_{C \to D \to A} \) が負の値をとることに注意してほしい.

以上をまとめて, 熱力学的サイクルを一周させることで系が外部へ行った正負含めた総仕事量を正味の仕事という. したがって, 正味の仕事とは熱力学的サイクル一周によってどれだけ仕事を生み出せるのかを表している.

熱力学的サイクル \( A \to B \to C \to D \to A \) の間に系が行う正味の仕事量は \( W_{ABC} \) と \( W_{CDA} \) の和であり, \[ W_{ABCDA} = W_{ABC} + W_{CDA} \] で計算することができる. この正味の仕事量 \( W_{ABCDA} \) は \( P-V \) グラフでは下図に示した赤色の面積を表している. したがって, 熱力学的サイクルによって作られる閉曲線の面積を求めることは系の正味の仕事量を求めることに等しいことがわかる.

ここで注意してほしいことは, 正味の仕事量の計算は熱力学的な状態の経路を指定して初めて決まる量であることである. 最たる例として, 熱力学的サイクル \( A \to B \to C \to D \to A \) とは逆の経路 \( A \to D \to C \to B \to A \) を通った場合の仕事 \( W_{ADCBA} \) は, \[ W_{ADCBA} = – W_{ABCDA} \] となる. このように, 正味の仕事量を \( P-V \) グラフから求める場合, 熱力学的サイクルの閉曲線の符号付き面積を求める必要がある.

以上より, 熱力学的サイクルによる正味の仕事量を求めるにあたり,
(1) 各過程の仕事の総和を計算する.
(2) \( P-V \) グラフの閉曲線の(符号付き)面積を計算する.
は等価であることがわかった. この関係は以下で考える熱効率の計算にあたって非常に便利であるのでしっかりと理解しておいてほしい.

正味の仕事

熱力学的サイクルが一周する間に外部に対しておこなった仕事を正味の仕事という. 正味の仕事は熱力学的サイクルが \( P-V \) グラフ上に作る閉曲線の符号付き面積である.

熱効率

熱力学的サイクルはある仕事を行う能力を持った機関であるが, その動力源として外部から熱を吸収する. そして吸収した熱を利用して外部に力学的な仕事を行うことで動力を外部に提供することになるのである. このように熱を吸収して仕事を行う装置を熱機関という. 熱機関における熱の流れと仕事の模式図を下に示す.

ある熱機関が吸収した熱量をいかに効率よく仕事へ変換できたかを表す指標として熱効率を定義しよう.

熱機関が熱力学的サイクルを一周する過程で吸収した熱量の総和が \( Q_{\mathrm{abs}} \) , 正味の仕事量が \( W_{\mathrm{net}} \) であった場合の熱効率 \( \eta \) (イータ) を, \[ \eta = \frac{W_{\mathrm{net}} }{Q_{\mathrm{abs}} } \] で定義する.

熱効率を計算するにあたって, \( Q_{\mathrm{abs}} \) はあくまで吸収した熱量の総和であって, 放熱した熱量を含まないことに注意してほしい.

熱効率

外部から熱を吸収して仕事を行うような装置を熱機関という. 熱機関(熱力学的サイクル)が熱を仕事に変換する効率を熱効率という. サイクルが一周した時に, 吸収した熱量の総和を \( Q_{\mathrm{abs}} \) , 正味の仕事が \( W_{\mathrm{net}} \) の時, 熱効率 \( \eta \) (イータ) を次式で定義する. \[ \eta = \frac{W_{\mathrm{net}} }{Q_{\mathrm{abs}} } \]

具体例

等温曲線をまたぐサイクルの熱効率

下図のような単原子分子理想気体による熱力学的サイクルについて考える.このサイクルは過去に大学受験の問題として出題され, 思いのほか熱効率が複雑になる有名な問題であり, 熱効率が実際に吸収した熱量と正味の仕事を使うことを意識させてくれる良い問題である.

状態変化が切り替わる3点をそれぞれ状態A( \( 2P_0 , V_0 \) ), 状態B( \( P_0 , 2V_0 \) ), 状態C( \( P_0 , V_0 \) )とする.

状態 \( A \) \( \to \) 状態 \( B \)

まず, この変化過程を解析する上での注意事項を述べる.

状態Aから状態を遷移させていくと仕事の総量( \( P \) – \( V \) グラフの面積)は常に正の値をとるが, 内部エネルギーの変化については慎重な姿勢で臨まなけれなならない. なぜならば, この変化過程は幾つかの温度曲線をまたぐことになり, 温度の上昇と下降が途中で起きるからである.

この変化過程では圧力 \( P \) と体積 \( V \) は \[ \begin{aligned} P &= \frac{P_0 – 2P_0}{2V_0 – V_0}V + 3P_0 \\ &= – \frac{P_0}{V_0 }V + 3P_0 \end{aligned} \] という関係式が成立する. したがって, 気体が外部へする微小な仕事 \( \dd{W} \) は \[ \begin{aligned} \dd{W} &= \int P\dd{V}\\ &= \qty( – \frac{P_0}{V_0 }V + 3P_0 ) \dd{V}\end{aligned} \] であり, 状態 \( A \) から状態 \( B \) までの間の仕事の総量は \[ \begin{aligned} W &= \int \dd{W} \\ &= \int_{V_0}^{2V_0} \qty( – \frac{P_0}{V_0 }V + 3P_0 ) \dd{V}\\ \therefore \ W &= \frac{3}{2}P_0 V_0 \end{aligned} \] である.

続いて, 内部エネルギーの変化を求める. \[ U = \int n C_{v} \dd{T}\] ここで \( \dd{T} \) を求めるために, 状態方程式を利用する. 状態 \( A \) から状態 \( B \) へ変化する過程では常に状態方程式が成立することを利用して微小変化のもとで状態方程式に成立する関係式を求めると, \[ \begin{aligned} & PV = nRT \\ & \dd{\qty(PV)}= nR\dd{T} \\ \to \ & P\dd{V} + V \dd{P} = nR\dd{T} \end{aligned} \] となる. ここで2次の微小量は無視した.

続いて, 圧力の微小変化と体積の微小変化の関係式を知るために先に求めた圧力と体積の関係式が \[ \begin{aligned} \dv{P}{V} &= – \dv{ \qty( \frac{P_0}{V_0 }V + 3P_0 )}{V} \\ &= – \frac{P_0}{V_0 } \\ \therefore \ & \dd{P} = – \frac{P_0}{V_0} \dd{V} \end{aligned} \] であることを用いると, \[ \begin{aligned} & P\dd{V} + V \dd{P} = nR\dd{T} \\ & \qty( – \frac{P_0}{V_0 }V + 3P_0 ) \dd{V} + V \qty( – \frac{P_0}{V_0} ) = nR \dd{T} \\ & \dd{T} = \frac{1}{nR} \qty( – \frac{2P_0}{V_0 }V + 3P_0 ) \dd{V} \end{aligned} \] となり, 温度の微小変化を体積の微小変化へ置き換えることができた.

以上より, \[ \begin{aligned} \dd{U} &= n C_v \dd{T} \\ &= \frac{C_v}{R} \qty( – \frac{2P_0}{V_0 }V + 3P_0 ) \dd{V} \end{aligned} \] さいごに単原子分子理想気体の定積モル比熱 \( \displaystyle{C_v = \frac{3}{2} R } \) を用いて, \[ \dd{U} = \frac{3}{2} \qty( – \frac{2P_0}{V_0 }V + 3P_0 ) \dd{V} \] 以上より吸収する熱量の微小量は, 熱力学第1法則と \[ \begin{aligned} \dd{Q} &= \dd{U} + \dd{W} \\ &= \frac{3}{2} \qty( – \frac{2P_0}{V_0 }V + 3P_0 ) \dd{V} + \qty( – \frac{P_0}{V_0 }V + 3P_0 ) \dd{V}\\ &= \qty( – \frac{4P_0}{V_0 }V + \frac{15}{2}P_0 ) \dd{V} \end{aligned} \] 状態 \( A \) から体積が \( V \) になるまでの吸熱量は積分変数を \( V^{\prime } \) で表しておくと, \[ \begin{aligned} Q &= \int Q \dd{Q}\\ &= \int_{V_0}^{V} \qty( – \frac{4P_0}{V_0 }V^{\prime } + \frac{15}{2}P_0 ) \dd{V^{\prime}} \\ &= \qty[ – \frac{2P_0}{V_0 }{V^{\prime }}^2 + \frac{15}{2}P_0 V^{\prime } ]_{V_0}^{V} \\ &= – \frac{2P_0}{V_0 } \qty( {V}^2 – \frac{15}{4}V_0 V ) – \frac{11}{2} P_0 V_0 \end{aligned} \] \[ \therefore \ Q = – \frac{2P_0}{V_0 } \qty( {V} – \frac{15}{8}V_0 )^2 + \frac{49}{32} P_0 V_0 \] となり, 吸熱量が \( \displaystyle{V = \frac{15}{8} V_0 } \) を頂点にする上に凸の二次関数であることがわかる. したがって, \( \displaystyle{V_0 \to \frac{15}{8}V_0 } \) までは吸熱し, \( \displaystyle{\frac{15}{8}V_0 \to 2V_0} \) までは放熱するような過程であることがわかる.

熱効率を求めるときには実際に吸収した熱量の総和を用いるという原則に従うならば, この状態変化での実際の吸熱量は \( \displaystyle{V_0 \to \frac{15}{8}V_0 } \) までに吸収した熱量 \( \displaystyle{\frac{49}{32}P_0 V_0} \) を熱効率の計算に用いることになる.

状態 \( B \) \( \to \) 状態 \( C \)

この過程は定圧変化であるので, 圧力 \( P \) は \( P=P_0 \) で常に一定である. 外部へする仕事の総量は \[ \begin{aligned} W &= \int \dd{W}= \int_{2V_0}^{V_0} P_0 \dd{V}\\ &= – P_0 V_0 \end{aligned} \] 内部エネルギーの変化は, 状態 \( B, C \) の温度をそれぞれ \( T_B , T_C \) とすると, \[ \begin{aligned} U &= \int \dd{U}= \int_{T_C}^{T_B} n C_v \dd{T}\\ &= \frac{3R}{2} \qty( T_C – T_B ) \\ &= \frac{3R}{2} \qty( \frac{P_0 V_0}{nR} – \frac{P_0 \cdot 2V_0}{nR} ) \\ \therefore \ U &= – \frac{3}{2}P_0 V_0 \end{aligned} \] 熱力学第一方程式より総吸熱量は \[ \begin{aligned} Q &= U + W \\ &= – P_0 V_0 – \frac{3}{2}P_0 V_0 \\ \therefore \ Q &= – \frac{5}{2}P_0 V_0 \quad (<0) \end{aligned} \] となり, 放熱反応であることがわかる.

状態 \( C \) \( \to \) 状態 \( A \)

この過程は定積変化であるので, 気体は外部に仕事をしない. \[ W = \int_{V_0}^{V_0} p\dd{V}= 0 \] 内部エネルギーの変化は, 状態 \( C, A \) の温度をそれぞれ \( T_C , T_A \) とすると, \[ \begin{aligned} U &= \int \dd{U}= \int_{T_C}^{T_A} n C_v \dd{T}\\ &= \frac{3nR}{2} \qty( T_A – T_C ) \\ &= \frac{3nR}{2} \qty( \frac{2P_0 \cdot V_0}{nR} – \frac{P_0 V_0}{nR} ) \\ \therefore \ &= \frac{3}{2}P_0 V_0 \end{aligned} \] 熱力学第1法則より, この過程での吸熱量の総和は \[ \begin{aligned} Q &= U + W \\ &= \frac{3}{2}P_0V_0 + 0 \\ \therefore \ Q &= \frac{3}{2}P_0 V_0 \quad (>0) \end{aligned} \]

熱効率

以上までの計算により, 実際の吸熱量の総和は \[ \frac{49}{32}P_0 V_0 + \frac{3}{2}P_0V_0 = \frac{97}{32}P_0 V_0 \] であり, 仕事量の総和は \[ \frac{3}{2}P_0 V_0 + \qty( – P_0 V_0 ) = \frac{1}{2}P_0V_0 \] である. したがって, 熱効率 \( \eta \) は, \[ \begin{aligned} \eta &= \frac{\frac{1}{2}P_0V_0 }{\frac{97}{32}P_0 V_0 } \\ \therefore \ \eta &= \frac{16}{97} \end{aligned} \] となる.

実際の問題として出題されるときにはかなり誘導がつく問題であるが, 結局は状態方程式と熱力学第1法則しか使っておらず熱効率の定義を理解していれば自信を持って解答できるであろう.

脚注

脚注
1 熱効率は我々の身の回りに存在する動力源(エンジン)を特徴付ける量であり, 熱効率を巡る物語は工業的な側面との関連が強く, 工学系を志す人にとっても重要である. 理論的にはカルノーサイクルと呼ばれる熱力学的サイクルと組み合わせることで, エントロピーと呼ばれる物理量や永久機関, 熱力学第2法則といった物理への導入になるので, 理論的にも実用的にも重要な分野である. 受験物理において, 熱力学的サイクルを出題するのであれば熱効率を求めさせる問題も一緒に出したい, というのが出題者の本音であろう.