コーシー分布(ブライト・ウィグナー分布)

連続型確率変数が従う確率分布の代表例としてコーシー分布, または物理の分野でブライト・ウィグナー分布またはローレンツ分布と呼ばれる分布が知られている.

コーシー分布の関数の基本形は次式のようにあらわされる. \[f(x)= \mathrm{const.} \times \frac{\alpha}{\alpha^2 + \qty( x – \mu )^2} \quad . \notag\]

ここで, \( \alpha(>0), \mu \) はそれぞれ定数であり, とくに \( \mu \) はコーシー分布の最頻値(確率密度関数 \( f(x) \) が最大になる \( x \) の値)である.

この確率密度関数に従うような事例は高校物理ではほぼ取り扱われることはないが, 原子核・光学などでしばしば見受けられる関数である.

例えば, 電子 \( e^{-} \) と陽電子 \( e^{+} \) を正面衝突されるときに, あるエネルギーにおいては衝突する確率が高くなるような共鳴と呼ばれる現象がしられており, コーシー分布に従う. 物理の分野ではこれをブライト・ウィグナー分布と呼んでいる.

コーシー分布は(やっかいな)特徴的な確率密度関数として知られている.

例えば, 関数が偶関数であり確率密度関数の最大値(最頻値における \( f(x) \) )は \( x =\mu \) と分かり易いのだが, 期待値は決定することができない. したがって, 分散も定義することができない. また, 分散を拡張した2次モーメントと呼ばれる量も発散するなど, 一筋縄ではいかない関数である.

さらに, 付け加えておくと多くの確率密度関数に適用することができる中心極限定理という統計学の中でも非常に重要な定理が, コーシー分布には成立しない.

ここでは中心極限定理などの説明は行わず, コーシー分布の関数の形からすぐに分かる性質についてのみ議論する.


コーシー分布の規格化

ここで, コーシー分布を定数 \( N \) を用いて, \[f(x) = N \frac{\alpha}{\alpha^2 + \qty( x – \mu )^2} \notag\] とあらわすことにしよう.

この定数 \( N \) は確率密度関数 \( f(x) \) が満たすべき性質 \[\int_{ – \infty}^{\infty} f(x) \dd{x} =1 \label{pc_nat}\] から定めることができる. この条件を規格化条件という.

いま, \( f(x) \) を式\eqref{pc_nat}に代入すると, \[ \int_{ – \infty}^{\infty} f(x) \dd{x} = \int_{ – \infty}^{\infty} N \frac{\alpha}{\alpha^2 + \qty( x – \mu )^2} \dd{x} \] ここで, \[\begin{aligned} & x – \mu = \alpha \tan{\theta} \\ & \dv{x}{\theta} = \alpha \frac{1}{\cos[2]{\theta}}\end{aligned}\] という置き換えを行うと, \( x \to – \infty \) で \( \theta \to – \frac{\pi}{2} \) , \( x \to \infty \) は \( \theta \to \frac{\pi}{2} \) に相当することから, \[\begin{aligned} &= N \int_{ – \frac{\pi}{2}}^{\frac{\pi}{2}} \frac{\alpha}{\alpha^2 \qty( 1 + \tan[2]{\theta} )} \frac{\alpha}{\cos[2]{\theta}}\,\dd{\theta} \\ &= N \qty[ \theta ]_{ – \frac{\pi}{2}}^{\frac{\pi}{2}} \\ &= N \pi\end{aligned}\] したがって, \[N= \frac{1}{\pi} \notag \] とすることで, 規格化条件の式\eqref{pc_nat}を満たすことができる.

結局, 規格化されたコーシー分布の確率密度関数は次式で与えられることになる. \[f(x)= \frac{1}{\pi}\frac{\alpha}{\alpha^2 + \qty( x – \mu )^{2}} \quad . \label{c_1} \]

コーシー分布の期待値

コーシー分布 \[f(x)= \frac{1}{\pi}\frac{\alpha}{\alpha^2 + \qty( x – \mu )^{2}} \notag\] の期待値 \( E(X) \) を期待値の定義式 \[\int_{ – \infty}^{\infty} x\,f(x) \dd{x} \] より求めてみよう. 以下では簡単のため, \( \mu=0 \) とする[1]コーシー分布の期待値はこの置換えの如何に関わらず, 定義することが出来ないことがすぐにわかる.. \[\begin{aligned} E(X) &= \int_{ – \infty}^{\infty} x\,f(x) \dd{x} \\ &= \int_{ – \infty}^{\infty} x \frac{1}{\pi} \frac{\alpha}{\alpha^2+x^2} \dd{x} \\ &= \frac{\alpha}{2\pi} \qty[ \log_{e}{\qty( \alpha^2 + x^2 )} ]_{ – \infty}^{\infty} \\ &= \infty – \infty \end{aligned}\] となり, \( E(X) \) は不定形となり, 値が定まらず, コーシー分布では期待値は定義されない.

期待値が定義されないことは, 冒頭に述べたように, コーシー分布の大きな特徴である. 見た目上は明らかに \( x=\mu \) にピークが有り左右対称であることから期待値も最頻値 \( \mu \) と一致するかと思われるが, 実際には関数の裾の部分がゆるく, 大きく広がっていることに関連している.

コーシー分布の分散, 2次モーメント

コーシー分布は期待値 \( E(X) \) を定義することが出来ないことを述べた. したがって, コーシー分布には一般の確率密度関数から分散 \( V(X) \) を計算する手法 \[ V(X) = E(X^2) – \left\{E(X)\right\}^2\] では分散を定義することができない. そこで, 分散を拡張したような量として \( 2 \) 次モーメントという量を計算してみよう.

一般に, (連続的な)確率密度関数 \( f(x) \) の \( c \) 周りの \( n \) 次モーメントと呼ばれる量を次式で定義する. \[E( \qty( x – c )^{n} ) = \int_{ – \infty}^{\infty} \qty( x – c )^{n} f(x) \dd{x} \] したがって, 通常の確率密度関数の分散とは期待値 \( E(X) \) 周りの \( 2 \) 次モーメントなのである.

コーシー分布に話を戻そう. いま, 期待値は定義されていないので, 原点周りの( \( \mu=0 \) 周り )の \( 2 \) 次モーメントを計算してみよう. \[\begin{aligned} E( \qty( x – 0 )^{2} ) &= \int_{ – \infty}^{\infty} x^2 \frac{1}{\pi}\frac{\alpha}{\alpha^2 + x^2} \dd{x} \\ &= \frac{\alpha}{\pi} \int_{ – \infty}^{\infty} \frac{x^2}{\alpha^2 + x^2} \dd{x} \\ &= \frac{2\alpha}{\pi} \int_{0}^{\infty} \frac{x^2}{\alpha^2 + x^2} \dd{x} \\ &= \frac{2\alpha}{\pi} \int_{0}^{\infty} \left\{1 – \frac{\alpha^2}{\alpha^2 + x^2} \right\} \dd{x} \\ &= \infty\end{aligned}\] となり, この量も発散する.

ブライト・ウィグナー分布

コーシー分布は物理の分野ではブライト・ウィグナー分布と呼ばれている.

例えば, 光や特性X線のスペクトル測定によって得られる強度分布 \( I \) はそのエネルギー \( E \) の関数として次のような形であらわされる. \[I(E) = (\mathrm{const.}) \times \frac{\Gamma/2}{\Gamma^2/4 + \qty( E – E_{0} )^2} \label{bw1}\] これは式\eqref{c_1}において \( \alpha=\frac{\Gamma}{2} \) としたもので, \( \Gamma \) (ガンマ)は共鳴幅といわれ, \( E_{0} \) は共鳴エネルギーという.

式\eqref{bw1}の定数部分を除いた関数は \( E=E_{0} \) で最大値 \[\frac{\Gamma/2}{\Gamma^2/4 + \qty( E_{0} – E_{0} )^2} = \frac{2}{\Gamma} \notag \] をとり, \( E=E_{0}\pm\frac{\Gamma}{2} \) で \[\frac{\Gamma/2}{\Gamma^2/4 + \qty( \qty( E_{0} \pm \frac{\Gamma}{2} ) – E_{0} )^2} = \frac{1}{\Gamma} \notag \] と, 最大値の半分の値となる. このような性質から, \( E=E_{0}\pm\frac{\Gamma}{2} \) における値を半値, \( E_{0} – \frac{\Gamma}{2} \sim E_{0}+\frac{\Gamma}{2} \) の間隔のことを半値幅(FWHM : Full Width at Half-Maximum)といい, \( \Gamma \) を共鳴幅という名前の由来となっている.

式\eqref{bw1}を描いたのが次図である.

コーシー分布(ブライト・ウィグナー分布)

最頻値を \( \mu \) , 正の定数を \( \alpha \) として, 確率密度関数は次式で与えられる. \[ f(x) = \frac{1}{\pi}\frac{\alpha}{\alpha^2 + \qty( x – \mu )^2} \notag \] 期待値及び分散は定義されない. また, 2次のモーメントも発散し, 中心極限定理も成立しない. \( x = \mu \pm \alpha \) では \( x=\mu \) における値の半値となり, \( 2 \alpha \) を半値幅(FWHM)という.

脚注

脚注
1 コーシー分布の期待値はこの置換えの如何に関わらず, 定義することが出来ないことがすぐにわかる.