物理で使われる表現 -力学篇-

力学分野の問題で文章中に使われる慣用表現としては, 物体と物体との接触がどんな状況なのかを示す表現が多い.

なめらかな

静止摩擦係数 \( \mu \) および動摩擦係数 \( \mu^{\prime } \) が \( \mu=\mu^{\prime }=0 \) であり, 物体が移動しても摩擦が生じないことを意味している.


荒い

静止摩擦係数 \( \mu \) および動摩擦係数 \( \mu^{\prime } \) がゼロではなく, 物体の移動によって摩擦が生じることを意味する.


直前の速度, 直後の速度

例えば, 「床に衝突する直前」という表現が登場する. この場合には床の高さでの速度を計算してよい. 「床に衝突した直後」の場合には反発係数の式, もしくは運動量保存則などを計算後の床の高さでの速度を計算してよい.


~に対して静止している

別の言い方をすれば, 相対速度がゼロである, ということである. それぞれの物体の速度が \( \vb*{v}_A \) , \( \vb*{v}_B \) の場合には \[ \vb*{v}_B – \vb*{v}_A = 0 \] を満たせばよい.


静かに手を離した

これは実はクセもの表現なので注意してほしい. この文言を見たときに確認する条件は二つある.

  1. どこで手を離したか
  2. 誰が手を離したか

条件1は大丈夫であろうが, 条件2を考慮し忘れる人がそれなりにいる. 例えば, 「小球を静かに手離した」は普通「小球の初速度がゼロ」と解説されている. しかし, より正確には「手を離した人(物体)に対する小球の(相対)速度がゼロ」と理解してほしい.

ある速度 \( \vb*{v}_A \) で運動している人(物体)から小球を静かに手離した場合の小球の初速度 \( \vb*{v}_0 \) は \( \vb*{v}_A \) に対して静止していることから, \[ \vb*{v}_0 = \vb*{v}_A \] であるので注意してほしい. もちろん手を離す人(物体)が静止している( \( \vb*{v}_A = \vb*{0} \) )している場合には \[ \vb*{v}_0 = \vb*{0} \] となる.

この文言がよく使われる問題としては, 「上昇する気球から物体を静かに手放す問題(地面から見たら鉛直投げ上げ)」や, 「水平方向に移動している物体から別の物体を自由落下(地面から見たら水平投射)」などがある. 特に気球の問題で混乱する人がいるので注意されたし.


速度が逆向きになったとき

速度が向きを変えるためには必ず加速度が必要である. 特に, 速度が逆向きに変わるためには必ず速度がゼロの状態を経る必要がある. これは数直線上の点を正の値からスタートして負の値になるときに必ずゼロを通るのと事情は全く同じである. したがって, 速度が変わった瞬間において移動物体は一度静止した状態になることを意味する.

元の速度 \( \vb*{v} \) から 逆向きの速度 \( \vb*{v}’ \) へと変化したときには, ベクトルの内積関係を用いれば, \[ \vb*{v}\cdot\vb*{v}’ = \abs{\vb*{v} } \abs{\vb*{v}’ } \cos{180^{\circ}} = – \abs{\vb*{v} } \abs{\vb*{v}’ } \leq 0 \] であることも頭に入れておいてほしい.


一様な, 均一な

これは大きさを無視できない物体に関する問題などで登場する. 現実的な物体には場所によって密度が高かったり, 逆に密度が低い場所があるなど斑が生じているのが普通である. そこで問題を簡単化するために, 質量の密度 \( \rho \) が場所に依らずに一定であるとするのが一般的である.

また, 密度が一様であることによって, 対称性の高い物体の重心はその物体の中心と一致するということを用いることができる.


質量の無視できる

糸やバネなどには実際には質量があるが, それらが接触している物体よりも十分に小さい場合などに用いられる. 質量が無視できる物体の質量 \( m \) は \[ m=0 \]としてよい.

実はこの表現はとても重要である. 実際, 「質量の無視できる糸の両端に作用する張力は等しい」と解説されているが, このことを運動方程式を用いて示しておこうと思う. 糸の質量を \( m \) とする(最終的に \( m=0 \) とするが). 糸の運動方程式は \[ m a = T_A – T_B \]であり, \( m=0 \) とすると \[ \begin{aligned} 0 & = T_A – T_B \\ \therefore \ & T_A = T_B \end{aligned} \]であり, 質量の無視できる糸の両端に作用する張力は等しいということになる. また, これまでの議論より, 端点だけでなく質量の無視できる各点でも同じことがいえる. これらは糸の張力に限らず質量が無視できるバネの弾性力などについても成立する.


バネを半分にしたとき

バネ定数 \( k \) のバネを半分の長さにすると, バネ定数が2倍( \( 2k \) )になることについて考える.

説明の方法としては幾つかあるが, ここではバネの質量が無視できる程度であり, その結果バネの端点(各点)に働く力は等しいという観点から考えてみる.
(“質量が無視できる“という意味はココを参照. )

下図のように自然長 \( L \) , バネ定数 \( k \) のバネを自然長から \( x \) だけ伸ばした場合を考えよう.

バネ全体を \( x \) だけ伸ばすためにバネの端点に加えた力 \( F \) の大きさは \[ F = kx \] である. このとき, 図中の紫色部は \( \displaystyle{\frac{L}{2}} \) から \( \displaystyle{\frac{\qty( L+x ) }{2}} \) へ \( \displaystyle{\frac{x }{2} } \) だけ伸びている. 紫色部分が \( \displaystyle{\frac{x }{2}} \) だけ伸びるために, 図中の赤枠部分がバネの中点に加えている力 \( F’ \) は作用反作用の法則より, \[ F’= F \] である.

ここで, \( F’ \) の大きさもバネ(の紫部)の伸びに比例するとして, その比例係数を \( k’ \) とすれば, \[ \begin{aligned} F’ & = k’\qty( \frac{L + x}{2} – \frac{L}{2} ) \\ &= k’\frac{x}{2} \end{aligned} \] \[ \begin{aligned} F’ &= F \ \Leftrightarrow \ kx = k’\frac{x}{2} \\ \therefore k’ &= 2k \end{aligned} \] となる. \( k’ \) は元のバネの半分の長さでのバネ定数そのものであるので, バネ定数 \( k \) のバネの長さを半分にしたバネのバネ定数は \( 2k \) となることがわかる.

結論として, バネ定数 \( k \) のバネの長さを半分にしたバネのバネ定数は \( 2k \) になることがわかる. この考え方を一般化すると, バネ定数はバネの自然長に反比例することを導くことができる. 興味のある人は証明を試みてほしい.


バネから離れたとき

バネに接触した小物体がバネから離れるタイミングを問う問題でよく登場する. 例えば, 下図のように壁に取り付けられたバネが物体Aによって押し縮められて位置 \( x ( < 0 ) \) にいるとする. そして, 物体Aとバネが接触している箇所について, 質量が無視できるようなバネの一部分( \( m_{B}=0 \) )について注目する. この部分を物体Bと呼ぶことにし, 物体Aと物体Bの間の垂直抗力を \( N \) とする.

物体Aと物体Bの運動方程式はそれぞれ, \[ \begin{aligned} m_A a&= N \\ \underbrace{m_B}_{= 0 } a & = 0 = – k\qty( x – x_0 ) – N\end{aligned} \]である. ここで, 両式の和をとり \( a \) について整理すると, \[ a = – \frac{k}{m_A} \qty( x- x_0 ) \]であり, \( m_A \) の運動方程式に代入すると \[ N = – k\qty( x- x_0 ) \]となる. 例によってバネと物体Aが離れる瞬間には \( N = 0 \) となるので \( x=x_0 \) の点, すなわち自然長でバネと物体Aは離れることになる.


すべり出す


物体が斜面から離れた


糸がゆるむ


滑車に糸が及ぼす力

質量の無視できる糸と滑車を組み合わせた問題は力学で頻出である. この手の問題・解説文において, 動滑車に働く力を下図のように動滑車の両脇に張力 \( T \) が働くような絵がよく描かれている. 確かに結論は正しいのだが簡単に納得してはいけない. あくまでも張力は動滑車に引っ掛けられている糸に働いている力である. したがって, 動滑車に張力が働いているとするのは論理に飛躍があることに気付くであろう(運動の3法則).

もちろん, 今から解説するよう論理を積み重ねることで同じ結論が得られるのだが, そのことを把握していないにもかかわらず結論だけを鵜呑みにしているようでは応用が利かなくなってしまうので注意してほしい.

動滑車と動滑車に引っ掛けられている糸のそれぞれに着目してみよう(下図参照). 動滑車に引っ掛けられた糸にはその両端に張力 \( \vb*{T}_1, \vb*{T}_2 \) が働いている. 質量の無視できるピンと張った糸にそった方向の張力はどこでも同じ大きさであったので, \( T_1 =T_2 \) であることには注意してほしい. そして滑車に接している点からは力を受けているはずなので糸の各点での力を \( \vb*{f}_i \) としよう. これらの力は糸の各点で糸にそった方向とは垂直方向に働いている.

糸にはこれらの力が働いていることを考慮して運動方程式を書き下し, 糸の質量 \( m \) は無視できることを用いると, \[ \begin{aligned} &\underbrace{m}_{=0} \cdot \vb*{a} = \vb*{f}_{1} + \vb*{f}_{2} + \cdots + \vb*{f}_{N} + \vb*{T}_{1}+ \vb*{T}_{2} \\ &\vb*{T}_{1}+ \vb*{T}_{2} = – \qty( \vb*{f}_{1} + \vb*{f}_{2} + \cdots + \vb*{f}_{N} ) \end{aligned} \] となる.

一方, 滑車のうちで糸に接している部分には作用反作用の法則により, \( \vb*{f}_i \) とは逆向きの力が働いているはずである. この合力 \( \vb*{F} \) は \[ \begin{aligned} & \vb*{F} = \underbrace{ – \vb*{f}_{1} – \vb*{f}_{2} – \cdots – \vb*{f}_{N}}_{\vb*{T}_{1}+ \vb*{T}_{2} = – \qty( \vb*{f}_{1} + \vb*{f}_{2} + \cdots + \vb*{f}_{N} )} \\ & \vb*{F} = \vb*{T}_{1} + \vb*{T}_{2} \end{aligned} \] となる. したがって, 滑車に引っ掛けられた糸が滑車に与える力というのは, 滑車に引っ掛けられた糸の両端に働く張力の(ベクトル)和としてよいのである.


円筒面の最高点を通る


無限の遠くへ飛び去る