極限

物理は「何がどのように変化するのか」を記述する学問なので, 変化を正確(精確)に言い表す数式表現が必要になる. 特に話題となるのは, 「短い間隔どんな変化が積み重なるのか, またその変化の割合は如何程か」 ということである. 「短い間隔」を議論するために極限, 「どんな変化が積み重なるのか」を議論するために積分, 「変化の割合」を議論するために微分という分野の力をそれぞれ借りることになり, ここでは極限について議論する.

先に断っておくが, 高校から大学初年度程度の物理を勉強するうえで極限や微分積分の定義及びその周辺についての過度な厳密さはあまり必要とされない. これらの単元は実数とは何かとか無限大という極めて難しい問題と表裏一体のものであるので, 厳密さの限りをつくすとその分だけ難しくなる. ここでも過度に厳密な議論はせずに, 高校で登場する物理を理解するのに必要な程度の知識の範囲に留める.


「非常に短い間隔」をどう表すのか? \( \Delta \) と \( d \)

時間を例に「非常に短い間隔」を表す方法を導入しよう. 時間の基本的な単位は \( 1\ \mathrm{s} \) でありこれを単位時間という. しばらくのあいだ, 非常に短い時間という場合には単位時間に比べて非常に短い時間という意味だとしよう.

測定はできるが非常に短い時間間隔のことを記号 \( \Delta \) (“デルタ”と読む)を用いて \( \Delta t \) と表す. \( \Delta \) という記号は主に差を表す時などに使われる記号である. いうなれば, 超精巧なストップウォッチで計測できる時間を \( \Delta t \) と呼ぶわけである \( \Delta t \) は \( \Delta \times t \) という意味ではなく, \( \Delta t \) という2つの記号をセットで用いることで非常に短い時間を表す記号と思ってくれればよい.

\( \Delta t \) とは区別される非常に短い時間として, 無限小の時間間隔がある. それは, どんなに精巧なストップウォッチでも測定できないほど短い時間間隔という意味である[1]現実的に考えると, 非常に短い時間を測定しようと思えば必ず観測技術の技術的な問題に突き当たる.. この無限小の時間間隔を記号 \( \dd \) を用いて \(\dd{t} \) と表す. こちらも \(\dd{t}\) の2つの記号で持って無限小の時間間隔を表すと解釈して良い.

上記では時間間隔について述べたが, 時間以外でも間隔を定義できるものならばなんでもよく, \( x \) が距離を表す記号であるならば, \( \Delta x \) は非常に短い距離間隔を表すし \(\dd{x}\) は無限小の距離間隔を意味する. \( V \) が体積を表す記号であるならば, \( \Delta V \) は非常に小さな体積を表すし \( \dd{V}\) は無限小の体積を意味する.

極限操作

非常に短い時間間隔 \( \Delta t \) を含んだ計算結果(例えば, \( 3\Delta t +1 \) )があるとしよう. この計算結果に対して「 \( \Delta t \) をゼロに限りなく近づける」という意味を \( \displaystyle{\lim_{\Delta t \to 0} } \) と表し, \[ \lim_{\Delta t \to 0} \qty( 3 \Delta t +1 ) \] などと書くことにする. また限りなく近づく値のことを極限値という. 今の場合 \( \Delta t \) の極限値はゼロである. \( \Delta t \) が極限値 \( 0 \) に近づく時に, \( \qty( 3 \Delta t + 1 ) \) の極限値を求めよう. 実際問題としては, 結果は元の式に含まれる \( \Delta t \) にその極限値を無理やり代入した場合の式 \( \qty( 3 \cdot 0 + 1 ) \) と同じ結果になり, \[ \lim_{\Delta t \to 0} \qty( 3 \Delta t +1 ) = 1 \] と表す. 注意してほしいのは, 極限の場合のイコールが意味していることは単に左辺と右辺が等しいということを言っているわけではなく, 左辺の極限(行き着く先)が右辺であるという解釈を表しているということである. 初学者ならばこのことだけを頭の片隅に入れて, いつかまた極限と真面目に向き合うことになった時に色々思いを馳せたり定義を確認してほしい.

極限操作では, 極限値よりも大きな値から極限値に近づいていく場合と, 極限値よりも小さな値から出発して極限値に近づいていく場合とが考えられる. 例えば実数 \( x \) が実数 \( 3 \) に近づいていく様子について考えてみよう. まずは \( x \) が \( 3 \) よりも大きな適当な値からスタートして \( 3 \) に近づいていくと, \[ \begin{aligned} x &= 3.46 \\ x &= 3.1 \\ x &= 3.001 \\ x &= 3.000001 \\ x &= 3.000 \dots 001 \\\end{aligned} \] となる. このような極限値への近づき方繰り返すことを \[ \lim_{x \to 3+0 }x = 3 \] と表し, 極限値に正方向から近づけるという.

一方, 実数 \( x \) が \( 3 \) よりも小さな適当な値からスタートして \( 3 \) に近づいていくと, \[ \begin{aligned} x &= 2.56 \\ x &= 2.91 \\ x &= 2.999 \\ x &= 2.999999 \\ x &= 2.999 \dots 999 \\\end{aligned} \] となる. このような極限値への近づき方を繰り返すことを \[ \lim_{x \to 3-0 }x = 3 \] と表し, 極限値に負方向から近づけるという. 両者が一致する場合, すなわち \[ \lim_{x \to 3+0 }x = \lim_{x \to 3-0 }x = 3 \] が成立する場合には極限値の後ろに \( +0 \) も \( – 0 \) もつけずに単に \[ \lim_{x \to 3 } = 3 \] と表すことにする.

このほかにも \( x \) を考えられる限り大きい数(よりも大きい数(よりも大きい \( \cdots \) ))というふうにいくらでも大きな値になっていくことを \( x \to \infty \) と表し, 正に発散するという. \( \infty \) は無限大と読む. 逆に, \( x \) がいくらでも小さな値になっていくことを \( x \to – \infty \) と表し, 負に発散するという.

“近づける”というのは数学的厳密さに欠ける表現だが, 一般的には十分通じる表現なので高校数学でも極限の説明などではこの言葉が使われるが, この正確な意味を知りたければ大学初年度程度の数学” \( \epsilon – \delta \) (イプシロン-デルタ)論法”などを各自で調べてほしい.

関数の極限

極限は関数や数列とともに用いられる. ここでは関数に対して極限という考え方を持ち込んだ時にどんな議論が起きるのかをみる.

関数 \( f(x) \) において, 引数[2]ある関数 \( f(x) \) の \( x \) を引数という. 例えば関数 \( g(t) \) において, \( t \) は関数 \( g \) の引数である. \( x \) が \( x \) 軸の正方向からある極限値 \( \alpha \) に限りなく近づくとき, \( f(x) \) がある一定の値 \( \beta \) に限りなく近づくならば, \( \beta \) を右側極限値 といい, 次式のように表す. \[ \lim_{x \to \alpha +0} f(x) = \beta \] また, 関数 \( f(x) \) において, 引数 \( x \) が \( x \) 軸の負方向からある値 \( \alpha \) に限りなく近づくとき, \( f(x) \) がある一定の値 \( \beta \) に限りなく近づくならば, \( \beta \) を左側極限値といい, 次式のように表す \[ \lim_{x \to \alpha-0} f(x) = \beta \quad . \] 右側極限値と左側極限値が一致する時は \[ \lim_{x \to \alpha} f(x) = \beta \] と表し, \( \beta \) を \( \displaystyle{\lim_{x \to \alpha }f(x)} \) の極限値という. 関数がある極限値に収束しない時, その関数は発散するという.

いろんな関数があるが, 右側極限と左側極限が一致しない代表的な関数として分数関数 \( f(x)=1/x \) がある. \( f(x)=1/x \) のグラフは下図のようになっており, \[ \begin{aligned} & \lim_{x \to +0} \ f(x) = + \infty \\ & \lim_{x \to – 0 } \ f(x) = – \infty \end{aligned} \] である.

関数の極限の性質

関数の極限について以下の性質が成り立つ. \( k \) を実数とし, \( x \to a \) のとき関数 \( f(x), g(x) \) が収束し, それぞれの極限値が \( \displaystyle{\lim_{x \to a}} f(x) = \alpha \) , \( \displaystyle{\lim_{x \to a}} g(x) = \beta \) であるならば,

  1. \( \displaystyle{\lim_{x \to a}} \ k f(x) = k \alpha \)

  2. \( \displaystyle{\lim_{x \to a}} \ \qty( f(x) \pm g(x) ) = \alpha \pm \beta \)

  3. \( \displaystyle{\lim_{x \to a}} \ f(x) g(x) = \alpha \beta \)

  4. \( \displaystyle{\lim_{x \to a}} \ \frac{f(x)}{g(x)} = \frac{\alpha}{\beta} \alpha \)

指数・対数関数の極限

指数関数の極限

指数関数 \( a^{x} \) および, 対数関数 \( \log_{a}x \) は, 底 \( a \) の値によって極限値が異なる.

  1. \( 1<a \) の場合

    \[ \begin{aligned} & \lim_{x \to \infty} a^{x} = \infty \\ & \lim_{x \to – \infty} a^{x} = +0 \\ & \lim_{x \to \infty} \log_{a}{x} = \infty \\ & \lim_{x \to +0 } \log_{a}{x} = – \infty \end{aligned} \]

  2. \( 0<a<1 \) の場合

    \[ \begin{aligned} & \lim_{x \to \infty} a^{x} = +0 \\ & \lim_{x \to – \infty} a^{x} = \infty \\ & \lim_{x \to \infty} \log_{a}{x} = – \infty \\ & \lim_{x \to +0 } \log_{a}{x} = \infty \end{aligned} \]

指数関数の極限公式

極限 \[ \lim_{n \to \infty} \qty( 1 + \frac{1}{n} )^{n} \label{ネイピア数初登場} \] は極限値を持つことが知られている. この極限値をネイピア数または自然対数の底といい, 記号 \( e \) で表す. ちなみに, その極限値は \[ e = 2. 71828\cdots \] である.

ネイピア数 \( e \) の代表的な表現は, \[ \begin{aligned} & e = \lim_{n \to \infty} \qty( 1+ \frac{1}{n} )^{n} \label{ネイピア数の定義1}\\ & e = \lim_{t \to 0} \qty( 1+ t )^{\frac{1}{t}} \label{ネイピア数の定義2} \end{aligned} \] などである. 両式は \[ \frac{1}{n} = t \] という置き換えによって等価だとわかる. 下図は \( \displaystyle{f(x)= \qty( 1+ \frac{1}{x} )^{x} } \) のグラフであり, \( x \) の値が大きくなるに連れて関数が収束していくことがわかる.

ネイピア数 \( e \) を底とする指数関数は非常に有用かつ重要であり, その代表的な表しかた列挙しておく. \[ \begin{aligned} e^x &= \lim_{n \to \infty} \qty( 1+ \frac{x}{n} )^{n} \\ e^x &= \lim_{t\to 0} \qty( 1+ x t )^{\frac{1}{t}} \\ e^x &= \lim_{n \to \infty} \sum_{k=0}^{n} \frac{x^k}{k!} \\ &= 1 + x + \frac{x^2}{2!} + \frac{x^3}{3!} + \cdots \end{aligned} \]

三角関数の極限における重要公式

関数 \( f(x) = \frac{\sin{x}}{x} \) の極限が \[ \lim_{x \to 0}\frac{\sin{x}}{x} = 1 \label{sinx/x} \] という極限を持つことが知られている. 下図は関数 \( f(x) = \frac{\sin{x}}{x} \) の図である.

この証明は数学IIIの教科書には証明まで含めて必ず記載されている. 証明の大筋を確認しておく. 下図に示すような半径 \( 1 \) , 角度 \( \theta \ \mathrm{rad} \qty( 0 < \theta < \frac{\pi}{2} ) \) の扇形について考える.

図より, \[ \sin{\theta} < \theta < \tan{\theta} \] である. \( 0 < \theta < \frac{\pi}{2} \) の時, \( \sin{\theta} >0 \) であるので各辺を \( \sin{\theta} \) で割ると, \[ 1 < \frac{\theta }{\sin{\theta } } < \frac{1}{\cos{\theta}} \] であり, その逆数は \[ \cos{\theta} < \frac{\sin{\theta } }{\theta} < 1 \quad . \] ここで, 各辺に対して \( \theta \to +0 \) の極限を取ると, \[ \lim_{\theta \to +0} \cos{\theta} < \lim_{\theta \to +0} \frac{\sin{\theta } }{\theta} < \lim_{\theta \to +0} 1 \] ここで, 最左辺及び最右辺は明らかに \( 1 \) に収束する. したがって, \[ \lim_{\theta \to +0 }\frac{\sin{\theta}}{\theta} = 1 \] を示すことができる[3]はさみうちの原理という.. \( \theta \to – 0 \) の場合も同様に示すことができる.

\[ \therefore \ \lim_{\theta \to 0 }\frac{\sin{\theta}}{\theta} = 1 \]

脚注

脚注
1 現実的に考えると, 非常に短い時間を測定しようと思えば必ず観測技術の技術的な問題に突き当たる.
2 ある関数 \( f(x) \) の \( x \) を引数という. 例えば関数 \( g(t) \) において, \( t \) は関数 \( g \) の引数である.
3 はさみうちの原理という.