最小発熱の原理

まず, 最小作用の原理という言葉をご存知であろうか?

少し数学的な内容に踏み込んだ高校物理の参考書のコラム欄などで見かけた方もいるであろう.

光学の分野では, 2点を結ぶ光が進む道のりはその光学距離を最短にするというフェルマーの原理もその一種である(フェルマーの原理, アッベの不変量 参照).

ところで, 物理学で言うところの原理とは, それ自身を証明することはかなわなず, それを受け入れたうえで構築された物理学が現実に精度よく一致しているときに採用されるもののことで, 高校物理ではニュートンの運動の法則などがそれに該当する.

そして最小用の原理とは自然界の物理法則は『ある量(作用と言われる)』を最小[1]正確には極小というべきである.とする形で表されるというものである. これだけ聞かされても, 非常に抽象的であるし何が『ある量』に該当するものなのかは自明ではない.

それでもこのような原理を採用することの魅力は大学程度の物理で解析力学として出会うことになり, 以降の活躍はご自身で体感してほしい.

ここでは, 最小作用の原理の一例として, 電気回路における最小発熱の原理を紹介する. 「そんなものがあるんだね」と思ってもらって, 興味を持っていただけると幸いである.

最小発熱の原理

以下では, 下図のように二つの抵抗1(抵抗値 \( R_{1} \) ), 抵抗2(抵抗値 \( R_{2} \) )が並列つなぎされた回路に電流 \( I \) が流れているような場合について考える.

一般的な解法

まずは, 高校物理で習うような手順で回路全体での消費電力を求めてみよう. すなわち, キルヒホッフの法則を順次適用することにする.

抵抗1を右向きに流れる電流を \( i_{1} \) , 抵抗2を右向きに流れる電流を \( i_{2} \) とし, キルヒホッフの第1法則により \[I = i_{1} + i_{2} \] キルヒホッフの第2法則により, \[0 = R_{1} i_{1} – R_{2}i_{2} \] が成立する.

この2式を \( i_{1} \) , \( i_{2} \) について解くことで, \[\begin{aligned} i_{1} & = \frac{R_{2}}{R_{1}+R_{2}} I \\ i_{2} & = \frac{R_{1}}{R_{1}+R_{2}} I \end{aligned} \] が得られ, 抵抗1, 抵抗2のそれぞれの消費電力(単位時間あたりのジュール熱) \( P_{1} \) , \( P_{2} \) が \[\begin{aligned} P_{1} & = R_{1} i_{1}^{2} = \frac{R_{1} R_{2}^2}{\qty( R_{1}+R_{2} )^2 } I^2 \\ P_{2} & = R_{2} i_{2}^{2} = \frac{R_{2} R_{1}^2}{\qty( R_{1}+R_{2} )^2 } I^2 \end{aligned} \] となり, 回路全体の消費電力 \( P \) として \[\begin{aligned} P & = P_{1} + P_{2} \\ & =\frac{R_{1} R_{2}^2}{\qty( R_{1}+R_{2} )^2 } I^2 + \frac{R_{2} R_{1}^2}{\qty( R_{1}+R_{2} )^2 } I^2 \\ & =\frac{R_{1} R_{2}}{\qty( R_{1}+R_{2} ) } I^2 \\ \therefore \ P & = \qty( \frac{1}{R_{1}} + \frac{1}{R_{2}} )^{-1} I^2 \end{aligned} \] という結果が得られる.

以上の流れが, 高校物理での考え方である.

キルヒホッフの法則(電子の流れる量の保存則)によって, 回路の部分部分を眺めることで電流がどの抵抗にどれだけ分配されるのかが分かり, そのうえで消費電力を計算したのである.

最小発熱の原理

続いて, 回路全体の消費電力が最小の状態が実現されるという最小発熱の原理の立場での解釈を見ていこう.

まず, 抵抗1, 抵抗2に流れる電流を \( i_{1} \) , \( i_{2} \) とおくことは同じである. すなわち, \[I = i_{1} + i_{2} \quad .\] そして, 次に行うのは回路全体の消費電力 \( P \) を求めることであり, 各抵抗での消費電力を \( P_{1} \) , \( P_{2} \) とすると, \[\begin{aligned} P &= P_{1} + P_{2} \\ &= R_{1}i_{1}^2 + R_{2}i_{2}^2 \quad . \end{aligned} \] 最小発熱の原理では, この回路全体の消費電力を抵抗1に流れる電流 \( i_{1} \) の関数とみなして, \[P = R_{1}i_{1}^2 + R_{2}\qty( I – i_{1} )^2 \] とし, \( P \) が最小になるようにして現実にあらわれるといった立場を取る. 今の場合, \( P \) が最小になるような \( i_{1} \) が選ばれる ことを意味する.

\( P \) を \( i_{1} \) についての2次関数とみなして平方完成を行うと, \[\begin{aligned} P &= R_{1}i_{1}^2 + R_{2}\qty( I – i_{1} )^2 \\ &= \qty( R_{1} + R_{2} )i_{1}^2 – 2 R_{2} I i_{1} + R_{2} I^2 \\ &= \qty( R_{1} + R_{2} ) \qty{i_{1} – \frac{R_{2}}{\qty( R_{1} + R_{2} )} I} – \frac{R_{2}^2}{\qty( R_{1} + R_{2} )}I^2 + R_{2} I^2 \\ &= \qty( R_{1} + R_{2} ) \qty{i_{1} – \frac{R_{2}}{\qty( R_{1} + R_{2} )} I} + \frac{R_{1}R_{2}}{\qty( R_{1} + R_{2} )} I^2 \end{aligned} \] したがって, \[\begin{aligned} i_{1} &= \frac{R_{2}}{\qty( R_{1} + R_{2} )} I \\ \iff i_{2} &= I – i_{1} = \frac{R_{1}}{\qty( R_{1} + R_{2} )} I \end{aligned} \] のとき, 回路全体の消費電力 \( P \) は最小値 \[ \frac{R_{1}R_{2}}{\qty( R_{1} + R_{2} )} I^2 =\qty( \frac{1}{R_{1}} + \frac{1}{R_{2}} )^{-1} I^2 \] を取ることになり, これは先程求めた場合の電流分配と消費電力と同じ値になっている.


以上で見てきたように, キルヒホッフの法則をつかって回路の部分毎に着目して得られた結果と, 回路全体を眺めて最小発熱の原理を適用した時に同じ結果を導き出すことが出来た.

少しでも「へー」と思っていただければ幸いである. そして,「どうしてこんなことが成り立つの?」「自然ってどうなっているの?」という探究心に目覚める人が一人でもいれば, 私の本懐は遂げられたことになる.

脚注

脚注
1 正確には極小というべきである.